一章 1-6
慶人はやみくもに走り回った。団地、商店街、小学校、中学校、図書館などを探してみたが、少女はどこにもいなかった。
沈み行く夕日が慶人をさびしく照らす。赤くまぶしい光を避けるように慶人は、地面に目を落とし、ぜいぜいとあえいだ。
(俺ならどこに行く?)
そこで未来の自分の行動を予測してみた。幼稚園に通っていたころ、両親からよく遊びに連れて行ってもらった所がある。自宅から徒歩十分弱で着く、草が生い茂ったどこにでもありそうな土手。それが慶人にとって思い出の地なのだ。
両親が不在の時も、いまより幼いころのえなを連れてよく遊びに来ていた。多分、未来にこの土手が残っていればの話だが、息子か娘を連れて来ているはず。孫にも同様のことをしているのだろう。
頭の中で結論付けた慶人は、呼吸を整えると土手に行く道を急いだ。
土手に着いた慶人は目を皿にして見回す。すると、下った所にあるに立ち尽くしている人がいた。まちがいないと確信した慶人は土手を駆け下りていく。なんどか転びそうになりながらも、沈む夕日をじっと見ていた高い位置で結んだポニーテールが特徴的な人物に話しかけた。
「探したぞ」
くるっと少女が振り返る。しかし慶人からは、夕日を背にしている彼女の表情をうかがい知ることはできない。
「だれも探してなんて言ってないわ」
少年をまくし立てていたときのように、トゲのある口調で少女は応じる。
「かわいくない奴」
「うるさい」
しばし無言の対峙続いた。赤くまぶしい光に目がだんだん慣れてきた慶人は、少女の表情をようやく知ることができた。
いまは柳眉を逆立てているが両目にはまだ涙が残り、頬にいくつもの涙の筋が認められた。おそらく慶人が土手を下りてくるまでは、声を殺して泣いていたのだろう。
不意に慶人が口にかけた。
「なあ」
「何?」
「おまえはその、確かに俺の孫なんだよな?」
「一応ね」
「そっか」
ふと、慶人は相好をくずす。
「よし、わかった。だったら、好きにしてくれ」
「えっ?」
少女の目が驚きに見開かれていく。
「だから、好きにしてくれればいいんだよ。自分の思うままに変えてみろよ。孫の願いを聞いてやることもじじいとって大事なことだからな」
慶人はいままでにない優しい口調でさとす。ついで、苦笑を顔ににじませて続けた。
「……と、いまの俺が言ってもなんの貫禄も重みも感じないよな。それに、いままでの平凡とした人生ではなくなるけど、その分ワクワクしてくるもんだ。そりゃ、疑わしい点が多々ある。でも、一応の証拠はあったし、信じてやってもいいと思ってきた。孫であるおまえもかわいいしな」
「ば、ばか……」
慶人の最後のひと言に、少女は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。西の空に沈む太陽よりも顔を真っ赤にしながらも、虚勢を張って得意そうに言い放った。
「あ、あたりまえじゃない。なんたって私は倫おばあちゃんの孫なんだからっ」
「その倫って娘も相当な美人なんだろうな」
「愚問よ! 倫おばあちゃんはね……」
少女は倫についてのすばらしさを語ろうとしたのだが、視線が土手の上に定まり固まってしまった。何かを視認しようとしているようだ。慶人も少女の視線を追って背後を振り返った。その瞬間――
「えなおばあちゃーん!」
少女が驚喜の声をあげて土手の方に駈け出して行く。
「え、えな?」
目がまぶしい側に慣れていたので慶人は一瞬何も見えなかった。しかし、よくよく目を凝らしてみれば小さな人影と大きな人影がいた。
「けーちゃん、かえろー!」
やがて、あどけなく高い声が聞こえてきた。このころには姿もはっきり確認できて、えなと少年だということがわかった。
「ああ、いま行く!」
慶人は手を大きく振ると、三人の元へ向かったのだった。