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一章 1-5

「とりあえず信じてやることにする。話があるなら聞こう」

「あんた……いえ、あなたが亡くなくなりそうないま――いいえ、それ以前から私の生活はめちゃくちゃだった。あなたの未来の嫁・直江静莉なおえ しずり……もとい、柿崎静莉かきざき しずりが何かと嫌がらせをしてくるの。

 私はとうとう耐えられなくなった。何日、何週間、何ヶ月もかかろうとかまわない。貯金をすべてはたいて過去に行き、あなたと柿崎静莉が付き合わないように妨害するために、そして私のおばあちゃんである直江――宇佐美倫うさみ りんと第二婦人なんかじゃない。ちゃんと付き合わせて第一婦人として結婚させるために未来から来たのよ」

「……うん?」


 慶人の思考が完全に止まる。予想の斜め上を遥かに超えたぶっ飛んだ答えだった。

 結婚、第一・第二婦人、恋愛、それに聞いたことも関わったこともないふたりの名前。どれもいまの慶人にとっては縁もゆかりもないものばかり。


(全ッ然、映画とちがうぞ……なんだその重苦しい家庭環境は? あっちはコメディーで俺のほうはシリアス丸出しでどうしようもないじゃないか)


 頭が急激に痛くなり、力なく顔をテーブルに突っ伏し、慶人は蚊の鳴くような声で何事かをつぶやき始めた。

 慶人を視界に入れつつ少年は言った。


「いっぺんに言っちゃ、そりゃこうなるよ。じいちゃんがテーブルに向かって喋り出しちゃったじゃん」

「そんなわけないわ。言葉を選んで噛み砕くように説明した。これで理解できなかったら、若いころからもうろくしていただけよ」


 少女は皮肉めいた笑みをたたえて侮蔑ぶべつの眼を慶人に注いでいたが、突然、少年を鋭く睨んだ。


「そういえば、あんたはなんで過去に来たの?」

「何って、ただ若いころのじいちゃんとばあちゃんに会いたかっただけだよ」

「ふぅん。なぜ、私と同じ時代に指定したの?」

「そんなの偶然でしょ」


 まるで刑事ドラマの尋問のようにどんどん凄みを効かせて問い続ける少女に、わずかに少年の声が答えるたび小さくなっていく。

 少女の怒りが頂点に達し、首を少年のほうに捻った。


「とぼけないで! だれに言われたの? 頼まれたの? はっきり言いなさいよっ!」


 少女の怒声が部屋中に響き渡った。

 少年は眉をこまらせて少女をたしなめた。


「本当だって。それより、とりあえずおちつこうよ。……ばあちゃんが怖がってる」


 ハッとした少女は思い出したように、えなに顔を転じた。

 えなはひどくおびえた目をしていた。体は恐怖で震え、隣に座る慶人のシャツをぎゅっとつかんでいる。

 少女はうろたえた。怒りが急速にしぼんでいく。頭を切り替えつつ、改めて周りを見渡した。テーブルに突っ伏している慶人はともかく、少年やえなの視線は少女に好意的ではない。

 自分の置かれている状況を理解したとたん、少女は明らかな孤独を感じた。強気な態度がすっかり息を潜め、不意に涙が込み上げてくる。涙を見られまいと、少女は立ち上がってリビングから出て行った。

 それからすぐに、ガチャンと戸の閉まる音がした。どうやら少女は外に出て行ったらしい。

 リビングはすっかり水を打ったように静かになった。だれも何も話そうとしない。ただただ、重苦しい沈黙が流れた。

 空気の悪い沈黙を破ったのは少年だった。


「やっぱり、追いかけないと」


 決意をにじませて言った少年に、慶人はようやく顔を上げながら怪訝にぼやいた。


「あんな奴なんかほっとけばいい」


 少年は初めて真剣な表情で首を横に振った。


「ああは言っていたけど俺とあの娘は、親は違えど姉弟なんだ。ほっとけないよ」


 そう言って、立ち上がる。すると、はす向かいに座っていたえなもすっくと立ち上がった。


「あたしも行く!」


 まじめに言い放ったえなに、慶人と少年は意外そうな顔をした。

 えなは思わずムッとする。


「だってけーちゃんに対しては怒ってたけど、あたしには優しかったもんっ」

「なるほどね」


 少年の顔に笑みが戻る。


「じいちゃんはどうする?」


 少年の質問に、慶人は憮然ぶぜんとして答えた。


「……行かねえよ」

「あっそ。じいちゃんは若いころからガンコだったんだね」


 少年の嫌味とも取れる発言を、慶人は再びテーブルに突っ伏して無視する。


「そんじゃ、探しに行こっか!」

「うんっ!」


 少年とえなも少女を探しに外へ飛び出して行った。

 リビングにひとりっきりになった慶人は、少女と少年の言葉を思い返していた。

 少なくとも未来の自分はとんでもない奴だということ。

 少女は未来を変えるために過去に来たこと。

 その少女は自分のことを心底憎んでいるということ。

 少年と少女は腹違いの姉弟だということ。

 そして、あのふたりは自分の孫だということ……。

 どれもこれも非日常的で嘘の一言でかたづけることができる。しかし、少女と少年のやりとりは机に突っ伏して聞いていたとは言え、とても演技とは思えなかった。

 慶人の好きな映画・『未来と過去の交流』のように、必ずしも幸せで楽しいものではなかった。こんな形でのタイムトラベルがあるということを実感させられた。

 そのとき、漠然ばくぜんではあるが慶人なりの答えが出た。


「……それなら、俺はあいつらのじじいなんだ。じじいが自分の孫の言うことを信じてやらないなんて、最低じゃないか」


 慶人は紡ぎ出すように言って、顔を少し上げて三回テーブルに打ちつけた。そのせいで治まりかけていた頭痛がよりひどくなってしまった、だが、まったく意に介さず立ち上がり、少女を探しに外へ駆け出した。

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