一章 1-4
「で、おまえらだれよ?」
ようやく頭の整理がついた慶人は、多少の抵抗はあったものの無言で少年と少女の手を引っ張り、リビングに連行。テーブルの前にふたりを座らせると、自身とえなは対面に座った。
そしてこの開口一番。何も知らないが故のもっともといえばもっともな一言だったが、言葉をもう少し選ぶべきだった。
少女がまなじりを決し、テーブルをバンッと叩く。どうやら相当気に食わなかったのだろう。
「だれとは何よ。そんな言い草をしなくたっていいじゃない!」
「素性も定かじゃない奴に対して、一番言いやすい言葉だと思うけどな」
慶人は皮肉の笑みを唇の端に浮かべ、対照的な口調で淡々と返した。
「なっ……? 未来から来た孫の顔を忘れるバカなんて聞いたこともないわっ!」
「孫? だれが? 俺らが? それともおまえらがか? ちんぷんかんぷんなことばかり言ってると、警察に突き出すぞ」
「なんですって!」
「まあまあ」
ふたりのやりとりに入ってきたのは、少女の隣に座る少年だった。両手を上下させてなだめる。それから、少女の横顔をひたと見据える。
「いまの時代のじいちゃんが、俺たちのことを知るわけないじゃん。もうちょっと冷静になろうよ。ね」
少女がじろりと少年に一瞥をくれた。
「そ、それもそうね。いまだけはあんたの言うことが正しいわ」
自分の言動に恥じたらしい。言ったきり唇をきつく結び、少女は下を向いて黙り込んでしまった。
慶人は、ゴホンと咳払いをひとつしてからこんどは少年に訊いた。
「いったい何者なんだ?」
「さっきこの娘が言ったように、未来から来たあなたの孫です♪」
「……マジで?」
「大マジで」
「そっかそっか……。えな、悪いけど子機を持ってきてくれ。こいつら頭がイカレてやがる」
「えー……わかったぁ」
「え、ちょ、ちょっと待って」
さすがにこうなるとは予想していなかったらしい。それでも少年は笑顔を崩さず、不服そうに子機を取りに行こうとするえなを引き止めながら、こう訊かずにはいられなかった。
「なんで?」
慶人はため息をつく。
「『なんで?』じゃねーよ。そんな非日常的なことが起こってたまるかってんだ。アニメやマンガならともかく、現実ではそんなことが起こるはずないの。新手の詐欺ならよそでやってくれ。俺はこんな茶番に付き合うほど暇じゃない。おまえも、家に不法侵入したことは言わないでおいてやるから、さっさと帰れ」
もはや取り付く島もなさそうな雰囲気だった。おそらく、いまさら口でなんと言おうとも信じてもらえないだろう。
それでも少年は食い下がった。
「なら、どうすれば信じてくれる?」
「え? それは……」
正直、答えなくてもいいことではあった。だが、こうも粘り強く訊かれればだんだん気になってくるのが人間である。
(まさか、本当に……?)
慶人は期待を胸に隠し、努めて冷静に告げる。
「仮に俺の孫だと名乗るぐらいなら、何か証拠を見せてみろよ。納得できれば認めてやる」
少年はこれしかないと確信した。
「よし、脱ぐわ」
「はあッ?」
「なんでそうなるッ?」「だれが得するんだこんなことッ?」……などと慶人が言う暇もなく、少年は着ていたシャツをすばやく脱いだ。慶人のできることと言えば、えなの目の前に腕を出して視線を遮断することぐらいだ。
「えな、目をつぶっていなさい」
少年の体は見た目以上に細かったが余計な贅肉はまったくなく、割と引き締まっていて健康的に焼けた肌をしていた。
「ほら、ここ!」
唖然としていた慶人が椅子から立ち上がり、少年が指差す鎖骨の窪みを見る。
「これが何よりの証拠だと思うんだけど」
「本当にこれ本物のホクロか?」
「なんなら取ろうとしてみなよ」
爪で引っかいて偽物かどうか確かめた慶人だったが、結局何度やっても取れなかった。
「ほら、取れないでしょ」
「あ、ああ」
自信満々の少年に、慶人はしぶしぶうなずく。
そもそも慶人の家系は、変わった所にホクロができやすい体質だった。とくに男なら鎖骨の窪んだ所、女ならへそに必ずあった。だから、慶人も鎖骨の窪んだ所にホクロがあるし、えなもへそにホクロがあった。
『こんな所にホクロがある人間なんてそういなさそうだから、もしも当てはまる人間がいたら親戚か近親者と思ってもいい』
と、慶人は父親から海外の仕事から帰ってくるたびに聞かされていた。そんなことを思い出しつつ、少年の顔を正視した。
慶人の目が割りと丸っこいのに対し、少年はやや切れ長の目をしていた。それ以外の鼻や唇や頬の肉付き具合が、ほぼ完璧に一致していた。並んで立てば、双子と言われても違和感がないほどである。
「まあ、おまえはひとまずいいとして、次はおまえだな」
慶人は顔を伏せている少女を見やる。
視線を感じ、反射的に少女は顔を上げる。反抗的な眼で何か言おうとして唇が動く。しかし声に出される刹那、慶人は先手を打った。
「えな。このお姉ちゃんを風呂場まで連れて行って、おへその所にホクロがあるか見てきてくれ」
「りょーかいっ」
面喰らった表情で黙って慶人を見ていた少女だったが、
「おねーちゃん、いこっ」
えなに手を引っ張られ、風呂場に連れて行かれた。
少年が「へぇー」と感心しつつ慶人をからかった。
「紳士だねぇ、じいちゃんは」
「ほっとけ」
間もなくしてえなの甲高い声が、ふたりの耳に入った。
「けーちゃん、あったよ――っ!」
「わかった。戻って来てくれ!」
しばらくしてえなと少女が戻って来た。
それぞれが元いた椅子に座ったことを確かめてから慶人は、真剣味を帯びた顔を正面のふたりに向けた。