一章 1-2
時刻は午後三時半。
ひと通り掃除を終えた慶人は、リビングで遅めの昼食を食べつつぼんやりとテレビを見ていた。
えなはすでに外出しており、とっくに昼食を食べ終えて友達と遊んでいるだろう。
掃除がようやく終わって、これからの予定がこれといってない慶人は、これから何をしようか頭の中をめぐらせる。けれども、とくに思いつかない。
今日は八月三十日。あさってから二学期が始まる。友人たちと遊ぼうにも、ひとりは旅行に行っているし、もうひとりは宿題でいそがしくてそれどころではないだろう。
ちなみに慶人は、すでに終わっていて中旬ごろに「答えを見せてくれ」と、ひとりの友人に乞われたのだが、にべもなく断った。
最初から人に頼って自分で問題を解決しない奴を、嫌悪まではいかないもののあまり好かないのだ。
まずは自分の力である程度努力させる。それで終わらなければ助け舟を出す――これが慶人の考え方だった。
しかし、慶人はかなりなおせっかい焼きでもあった。急激に不安になり、
「めんどくせぇけど、宿題を教えに行ってやるか」
食べ終わった皿を洗いながらつぶやく。
ガタン! ゴトン!
「ん?」
慶人の耳に、二階から何かがうごめく物音が入った。蛇口をひねって水を止め、テレビの電源を消して耳を澄ませる。しんとして何も聞こえない。聞こえるのは外でけたたましく鳴いているセミの音のみ。
「やるか」
慶人はリビングから出て、まっすぐ玄関に向かった。傘立てからおもむろに木刀を引き抜くと、そろりそろりと階段を上っていく。
リビングのちょうど真上は慶人の部屋だった。泥棒が居るとしたらそこにちがいないと踏んだ慶人は、ドアをわずかに開けて呼吸を整える。そして、思いっきりドアを蹴り飛ばして荒々しく部屋に入った。
上下左右をすばやく確認する。しかし、居るはずと思っていた怪しい人影が見当たらない。
「……ここには居ないか。なんだ拍子抜けしたな」
なんの変化もなかった部屋を出て行こうとしたまさにその時――
「おおぅ……こいつはすごい……」
ボソッとした声だが、慶人にははっきりと聞き取れた。声をした先に肉食獣のような獰猛な眼を向ける。どうやら押入れの中にでかいネズミが潜んでいるらしい。
すり足で押入れの目前に立ち、右手に木刀を持ち替えた。耳のあたりで構えつつ、左手で押入れの扉を一気に開いた。
「あっ」
慶人と押入れの中にいた泥棒らしき人物の声が重なった。そこにいたのは慶人と瓜二つの少年だった。互いに驚いたらしく、しばし呆然と見つめ合う。
そこに、来客を告げるチャイムの音が二階にも響いた。
ふたりはその音でハッと我に返った。慶人は怒りが全身に満ち、とくに木刀の持つ手がブルブルと震えている。少年はじんわりと笑みを顔に広げ、手のひらを水平にしてうながした。
「お客さんが来ているみたい……ですよ?」
最後は取ってつけたような丁寧語に、慶人の怒りが爆発しそうになったが、なんとか大きく深呼吸をして静めた。ついで、木刀をビュッと振り下ろし、少年の鼻先に突きつけつつすごんだ。
「いいか、おまえは絶対ここから動くんじゃないぞッ? それからその本、返せ!」
慶人は少年から雑誌を奪い返すと、玄関に急行した。