三章 1-10
静莉が智世の作ったカレーをひと口食べた。
「すっごく、おいしいよ! このパイナップルがいい味してるっ」
静莉の絶賛に、智世は気を楽にすることができた。
「よかったね、智姉」
「うん。ありがとう、静莉さん」
「このカレー、私の家だけだと思ってました。慶人さんの家でも入れるんですね」
倫はスプーンにパイナップルをすくい、感慨にふけるように言う。
「いや、ちーだけしか作りませんよ。倫さんも作るんですか?」
「はい。母から教えてもらった得意料理のひとつです」
「そうなんですか。いや、俺の話しになるんですけど、料理を始めてかれこれ十年――」
慶人は倫に向かって語りだそうとしたとき、えながいち早く苦情を出した。
「けーちゃん、うるさいよー」
「まだしゃべり始めたばかりだぞ」
「だって、結局うるさくなるじゃん」
「何それひでぇ」
みなが思い思いに談笑する。いままでのように妙な遠慮やいさかいもなくなり、真の意味で楽しい食事風景がそこにはあった。
(そろそろいいかな)
しばらくして食事が終わるころ、慶人は胸中でつぶやく。それからえなにアイコンタクトを送った。
えなはわかったと言わんばかりにウインクをして見せた。
「ねえ、ちーちゃん。ちょっとあたしの部屋に行かない? 見せたいものがあるんだー」
「へえー。でもそれって、いまみんなといっしょに見たほうがいいんじゃないの?」
「ううん、ちーちゃんだけに見せたいのっ」
えなは隣に座る智世の腕を引っ張る。口調はいつもの感じではあったが、表情は真剣そのものだった。
これに智世はあっさりと折れた。
「わかった。それじゃ、みんなには悪いけどちょっと立つわね」
「やった―――っ! 早く、早くー♪」
えなはリビングを出て智世を呼んでいた。
「あ、ちょっと待って」
智世も急いであとに続いた。
ふたりの階段を駆け上がる音がやむと、慶人は残った三人を見渡しながら言った。
「それじゃ、始めますか!」
「じゃーん、これだよ!」
えなは意気揚々と、押入れの奥にある透明な袋に入ったアザラシのぬいぐるみを取り出した。
結構大きい。身長が一一〇センチほどのえなの上半身が、ほとんど隠れてしまうほどである。
「あ、それは……」
そのぬいぐるみに見覚えがあるらしく、智世は目を奪われた。
(未来にいたときと同じ……全然変わってない)
「あれ、ちーちゃん、このゴマコちゃんのこと知ってるの?」
「う、うん。まあね」
明らかに言葉を濁すような言い方であったが、えなはなんの疑問を持たずに袋からぬいぐるみを取り出し、抱きしめた。
「お母さんとお父さんとはときどきしか会えないから、あたしもときどきしかこのゴマコちゃんのことを見ないんだー。本当にさびしくなったときに見る感じなの」
智世は気を取り直すように、しきりにうなずいて聴いている。
えなはさらにギュッとぬいぐるみを愛おしそうに抱きしめ、話を続けた。
「でも、けーちゃんがいるから全然さびしくないの。それに、いまはちーちゃんとけーくんもいるし、あと、しーちゃんもりーちゃんもいて、家族みたいで楽しい!」
「えーちゃん……」
智世の胸にいくつもの感情が渦巻いていく。そのなかでも今回は喜の感情が突出した。
「そう言ってくれるとうれしいわ」
「だから――」
「ん?」
「だから、これからもずっと、ず―――っといっしょにいてね!」
えなの力のこもったお願いに、断れるはずもなく智世はゆっくりうなずいた。
「うん、いいよ」
「本当っ? やったあ! 絶対に絶対にだよっ?」
えなはぬいぐるみを振り回して大喜びする。そんなえなをほほ笑ましく目を注ぎつつも、もうひとりの智世は冷静だった。
(私だってそうしたい。けどね、おばあちゃん。出会いがあるってことは別れもあるんだよ)




