三章 1-8
帰宅後。
智世は慶人の料理の指南を受けていた。
「アホ、じゃがいもの芽を取らなくてどうするッ? 毒があるんだぞ毒が! ああもう、たまねぎの皮をピーラーでむく奴があるか!」
慶人は、ガスコンロやシンクの前で右往左往またはちんぷんかんぷんになっている智世を、厳しく叱咤していた。
とりあえず慶仁の情報によれば、静莉の好物はオーソドックスにカレーだった。そのカレーを作っているのだが……。
「なんだそのかつお節は? しかもなんですでに鍋に水を張ってるんだ?」
「え? だって、カレーって煮るものでしょ。あと、『鍋物にダシは命だ!』ってあんたが言ってたじゃない」
「バカタレッ。カレーはちがうんだよ。カレーはまず具材を炒める! おまえはかつお節がカレーに入ってるのを見たことがあるのかッ?」
「……ないわね」
しばらく経ち……。
「何そのにんじんの切り方。細かすぎるだろ」
「だって切り方がわからないし。ほら、硬いものは薄く小さくってあんたが言ってじゃない」
「限度があるわ! それにこの豚肉も細切れならともかく、ロース肉なんだからちゃんと切らないとダメだろ。タンシチューを作るんじゃないんだぞッ!」
「あ、ごめんごめん」
「なかなかうまくいかないみたいだね」
ソファーの背にあごを載せ、慶人と智世の様子を見ていたえながつぶやく。
「ずぶのずぶの素人だからねぇ……智世姉は」
えなと同じ体勢でふたりを見ていた慶仁は、内心ハラハラしていた。それでも、智世のことを信じていた。
「でも、智世姉は一生懸命だと思うよ。だって、今回ばかりは慶さんにまったく逆ギレしてないから」
「あっ、そういえばそーだね。いつもけーちゃんとちーちゃんは、ケンカしてたよね」
「はは、たしかにね。一応、謙虚で聴く姿勢と自分の考えを併せてやってるし……慶さんは怒りながらも教えてるし、大丈夫だと思うよ」
「だああああッ? なんで俺が目を離した隙に、缶詰のパイナップルを入れてるんだよ! こちとら酢豚を作ってるんじゃねえんだよッ!」
「えーっ? 倫おばあちゃんは入れてたわよ」
「いやいやいやいや。それはおまえ、酢豚と見まちがえたんじゃないのか」
「うーん……あっ、でもこれだけは嫌ってものはあるわ」
「ほう、多分それいっしょだと思うから、せーので言ってみるか。せーの」
「干しぶどう!」
ふたりの言った単語が見事に重なる。そして、顔を見合わせて笑う。
「さすが我が孫。邪道だよな」
「ふふふふ、愚問ね」
慶仁はほっとする。
「なんだかんだで仲よくなってよかった。ね」
「うんうんっ。仲よきことはあーだこーだだよねっ」
「パイナップル入りカレーか……」
なんとかカレーを無事作り終わって、いざ食べる段階になったとき、慶人は取り除いておくべきだったと後悔した。
「何よ。干しぶどうの百万倍おいしいわよ。つべこべ言わず食べなさい」
見かねた慶仁が小声でうながしてくる。
「慶さん……」
「ああ。ええい、ままよ!」
慶人は覚悟を決めて茶色くなったパイナップルを口に運んだ。ちゃんと事実を伝えねばならないから丸のみをするわけにもいかず、口の中で噛み砕いて味わった。すると、苦悶いっぱいの顔から一気に晴れやかな顔に変貌していくではないか。
「うまい、うまいじゃないか! パイナップルの甘味と酸味がカレーの辛さとほかの食材のコクやダシがあいまってるゥッ! どうなってんだこれ? あれか、酢豚にパイナップル理論かッ?」
慶人テンションがグングン上昇していくにつれウザさも比例していく。それを察知した智世はひと言、
「多分」
とだけ言って、カレーをもくもくと食べ始めた。
テンションが最高潮まで上がりきった慶人は、考案者である倫を称えだした。
「倫さん最高! マジ発明の母! 料理歴十年の俺でもこの発想はなかったわ!」
「慶さん慶さん。それは明日倫さんが来てから言ったほうがいいと思うよ。あと、おちついて」
「そうだな。ついつい、テンションが上がっちまった。いやあ、明日が楽しみだな」
それでもなかなかうるさい慶人に慶仁は、苦笑するしかなかった。




