二章 1-7
目にも留まらぬ早業でもって電卓で商品の計算をする倫。倫ほどの速さはないが、必死に智世の言われたとおり、商品名と値段と値引き額などを正確に打ち込んでいく慶人。待たせたサービスと銘打ち、丁寧かつテンポよく商品を袋詰めする智世。
ものの数十分で長蛇の列は消え去り、倫の担当のレジ渋滞は解消した。そのあまりにも圧倒的な速さを、目の当たりにしたほかの順番待ちをしていた客たちは、こぞってレジに押しかけた。
ようやく完全に客が捌けたのがさらに二十分後。三人はなんとか修羅場をくぐりきったのだった。
「ふう……やっと終わったな」
「まったくだわ。やっぱり、どの時――スーパーでも夕方は混むものね」
「そりゃそうだろ。安売りなんかあればそれこそ戦争だ。というか、かなり袋詰めが手際よくてびっくりしたんだが、バイトでもしてたのか?」
「高一の春からやってる。一年も経てば袋詰めなんか楽勝よ」
智世は少し照れながら、それでもどこか自慢げだった。と、不意に倫が頭を深々と下げた。
「あ、あのう……本当にありがとうございましたっ。お二方のおかげでお客さんにご迷惑をかけずに済みました。その代わり、お二方にはご迷惑をおかけしてしまいましたが……」
「いえ、私たちはあたりまえのことをしただけですから」
「え?」
「『こまっている人がいたら、自分の損得関係なく助けなさい』と、私の祖母がつねづね言ってた言葉なので」
「おお~……そうなんですか。いいおばあちゃんですね」
「はい、私の自慢の祖母です」
心の底からそう思っているらしく、答える智世は誇らしげである。本人を目の前にしてか、えなに初めて会ったときのような優しく穏やかな表情が崩れない。
大好きな祖母を救えて幸せそうな智世をそばで見ていて、慶人は嬉しい気持ちになった。まだ育ててもいやしないのに、同級生のひとりでもこの場にいようものなら、とっ捕まえて孫として自慢をしてしまいそうな胸の昂りが生じてくる。
そこに、神経質そうな顔立ちの店員が戻ってきた。目ざとく慶人と智世と談笑している倫を野獣のような目でとらえると、容貌に似つかわしい金切り声をあげた。
「宇佐美さん!」
倫は魂が飛び出るほど驚き、体が一度ビクッと跳ねた。振り返る前に歩み寄ってきた女店員を、おびえた小鹿のような目で追う。
「何をレジでお客様と雑談しているのッ? あなたの勤務時間はとっくに過ぎたのよ。さっさとバックヤードに行って退勤なさい。本当に何を考えているのかしら!」
「すす、すいません……」
隣に立ってきいきいわめき立てる女店員に、倫は身を縮こらせるばかりだ。小柄な体がより小柄になっていく気がした。
慶人は不愉快に思いながらもきびすを返してレジから去ろうとする。しかし、
バン!
と、レジ台を思い切り叩く音が聞こえ、身をひるがえした。そこにはいまさっきの穏やかな表情をかき消し、鬼のような形相の智世がいた。
智世は殺気としか言いようがない眼光を店員に浴びせつつ、怒気もあらわに言い放った。
「いい加減にしなさい! 衆目の場でよくもまあ、人のことを罵倒したり怒鳴りつけたりできるわね。恥を知りなさい、恥を!」
女店員は突然のことにしばし言葉を失う。ひとつ息を飲んでから、ぼそっとした声を出した。
「お、お客様……?」
「大体、入って間もない新人をひとりきりにすること自体がまちがってるのよ。加えて混雑していてほかの店員が助けられない状況下なのよ? あなたが倫さんと状況に置かれたらどうするの? スーパーの酸いも甘いも噛みわけられていない、何も知らなかったとしたら!」
女店員は何も答えられずに無言だ。智世はいくぶん声の音量を落として続ける。
「サブリーダーのあなたが答えられないなんて、ちゃんちゃらおかしいわ。いますぐ倫さんに謝りなさい。新人店員を混雑時にひとりにしたあなたの罪は重いわよ」
女店員は好き勝手まくし立てる智世にとうとう我慢の限界を達し、目くじらを立てて反論しだした。
「なんで関係のないあんたにそこまで言われなければならないの! こっちの不手際は認めるけど、あんたたちは何もしてないじゃない。部外者はとやかくつっかからないで欲しいわ。とくに、あんたみたいな若いだけが取り柄の小生意気な小娘には」
最後には皮肉を言う余裕まで出てきた女店員は、言葉を一度切って唇を舐めた。すると、倫たちのレジで会計を終え、詰め台でやりとりを静観していたおばさんふたりが口々に言った。
「あら、この子たちはその宇佐美って店員と一緒に会計してたわよ。レジが使えなくなったからって」
「でも、三人のときのほうが速かったわねぇ。しかもほかのレジより速かったわ。そうそう、レシートが出ないからもし計算ちがいとか値引きされてなかったとかときは、髪を後ろで縛ってる娘が『私がすべて責任を取りますので、お申し付けください』って言ったのよ。若いのにしっかりしてると思ったわ。なかなか言えないことよね」
事実を知った女店員は唖然とするばかり。
智世は憐れみの表情を浮かべた。
「あなたってつくづく性悪なのね。他人を何かにつけて貶め、優越感に浸ることしか脳にない。いい加減にしないと同僚に嫌われるわよ」
「ぐくぐ……」
女店員は何かを言おうとして口を魚のようにパクパクさせていたが、結局何も言えなかった。その様子を見届けてから智世は、電子メモ帳からSDカードを取り出した。
「はい、これ。レジが使えなくなった直後からの会計データ。さっきのお客さんたちにも言ってたけど、ミスがあれば私にどうぞ。逃げも隠れもしないわ」
女店員の手を取り、押し付けるようにして渡した。それからレジから出て周りからよく見える位置に立ち、何度かお辞儀する。
「みなさん、お騒がせしてすいませんでした」
そう言い残すと、智世は店から出て行った。一拍間を置いて慶人も購入済の商品が入ったレジ袋を持って後に続く。近くに寄ってきていた慶仁とえなも、弾かれたようにあと追った。




