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好きじゃない、とは言ってない

作者: てと

文化祭用に書き上げた短編小説。約一時間クオリティ。

 アイツは馬鹿だ。それもただの馬鹿ではない。史上稀にみる大馬鹿だ。

 後先なんて考えない。今を全力で、全霊で生きるタイプ。視界を焼き潰さんばかりの閃光のような、未来ではなく今に生きるタイプの馬鹿だ。

 例えば大きな地震があってビルが倒壊したとしよう。倒壊した後の積みあがった瓦礫の中に人が閉じ込められていたとしよう。普通ならそこに飛び込むことを人は躊躇する。そういうところに行って、人命を助けることを生業としているような、そんな人でなければおいそれと飛び込んでいけるようなものではない。

 だがアイツはそんなところに駆けつけるのだ。恐れることなく飛び込んで自分が死んでしまうという可能性さえ無視して助けようとするのだ。傍から見たら自殺願望でも持っているのではないかとさえ思える。よく漫画などで勇気と無謀をはき違えた馬鹿を見るが、まさにアイツだと私は思う。


 迷惑だと思える時もあるし、状況によっては余計に場を混乱させるだけのことだってある。けどアイツはそれを知らない、見えない、聞こえない、と無視する。自分の心に従って行動する。

 そんな大馬鹿のアイツのことが―――





 正直に言って私は嫌いじゃない。


 ◇


「馬鹿」

「……」

「馬鹿」

「…………」

「馬ー鹿」

「………………」

「……童貞」

「おいコラ待て!! 最後のは違ぇだろ!!」


 とある病院の病室で、私の言葉に大声で反論して勝手に傷の痛みで悶えている馬鹿に、私は大きくため息をついた。

 この馬鹿と私は高校の頃からの付き合いだ。腐れ縁とでも言ったらいいのだろうか。きっかけはどうでもいい位に些細なことであったのだが、人生何が切っ掛けで縁が結ばれるか分からないものだ。

 高校を卒業した後、学部こそ違うが同じ大学に入って、休み時間は大体一緒にいる。そのせいか私とこの馬鹿を彼氏彼女の関係と思っている者も少なからずいるようだが……、はっきり言ってそういう関係ではない。


「まぁ、正直アンタが童貞だろうが非童貞だろうがどうでもいいけど、アンタのその頭には学習するっていう言葉はないのかしらね。毎回毎回同じことやらかすからもういい加減飽きてきたんだけど」

「うる、っせぇな。こっちは大怪我して入院する羽目になってんだから、もう少しいたわることくらいしてくれてもいいだろうが」

「は? 何で?」


 私の返事にこの馬鹿は「うへぇ」といったような顔をした。私はこいつの見舞い品として持ってきたリンゴを齧りながら懇切丁寧に説明してやる。


「車に轢かれそうになった子供を助けて、そのまま勢い余ってすっ転んだあげく落ちてあった石で背中を思いっきり抉られるとか馬鹿以外のなにだと? 自業自得もいい所じゃない。心配って言ってもねぇ」

「いや、けど最悪俺下半身不随になるような大怪我なんですよ? て言うか子供助けたのにその言い草はないでしょ」

「アンタの生命力はゴキブリなみだから平気よ。これで子供の変わりに車に轢かれるとか言う漫画みたいな展開になってたらちょっとは心配してあげてもよかったんだけどねぇ」

「ひでぇ!!」


 また大声を出して勝手に悶絶している馬鹿。つくづく思うのだがここが個室で良かった良かった。もしこれが大部屋であったのならば迷惑が掛かって仕方ないだろう。

 それからそんな風に馬鹿をからかっていると、あっという間に時間が過ぎていって、気づけば一時間近くも経っていた。そろそろキリがいいのでこれくらいでお暇することにしようと考え、荷物をもってパイプ椅子から立ち上がる。


「それじゃ、私はそろそろ帰ることにするわ」

「なんだよ、もう帰んのかよ」

「入院してるどっかの馬鹿と違って私には大学とバイトがあるの。明日までにレポートを仕上げなければならないところを時間作って来てあげたんだから感謝しなさい」

「へーへー。分かりましたよ」

「あ、そうそう。哲学の大里が補習分の課題大量に用意して待ってるから期待しておけって言ってたわ」

「げ!? マジかよ」

「大マジ。ま、真面目に頑張ることね」


 私の言葉に「あー、マジかー」と頭を抱える馬鹿の様子に少し笑って、私はベッドに座っている馬鹿へと顔を近づける。

 ふっ、と。この馬鹿の唇へと"ご褒美"を一つ。

 一瞬触れるだけのそれをやった後、私は呆然としたような馬鹿へと「じゃ」と短い挨拶をして病室を後にした。

 しばらくしたら後ろの方から「あ? え? ちょ、オイ待ってぇええ!!」って痛みに悶絶する馬鹿の声が聞こえてきて病院だということを忘れて大笑いしそうになった。


 ◇


 夜の道を私は歩く。

 脳裏には今日の馬鹿の呆然とした顔と、私と馬鹿が付き合っているのかと聞いてきた友人たちの顔が浮かび上がっていた。

 付き合っていないということに嘘はない。それはまごうことなき事実だ。

 ただ―――


「私がアイツのことが好きじゃない、とは言ってないのよねぇ」


 夜道で一つ呟いて、私は家路を急いだ。

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