戦車
アスファルトに薄っすらと積もった砂が、キャタピラの振動で上下にせわしなく動く。
ペリスコープから覗く外はギラギラととした太陽が地面を焼き、熱くなった砂が風で飛ばされている。
辺りには煉瓦作りの壊れた壁以外直立するものがなく、砂でできた山々がどこまでも続く一本道を走っており、今日は他車両も随伴歩兵も居ないため、ただひたすらに退屈な一人行軍である。
アクセルを踏み続けている足に軽い痺れを感じながら、欠伸をしていると突然ビープ音が鳴りだした。
目に溜まった涙を迷彩服で拭い、再度スコープを覗くとはるか遠くに黒いボロ雑巾のような何かがアスファルト上に落ちているのが見えた。
アクセルをベタ踏みし、速度を上げる。
近づくにつれ、ボロ雑巾は現地の女性用民族衣装だと見て取れた。
はっきりと見える位置までアスファルトを進み、離れた位置でアイドリング状態にする。
近寄る中、脳裏に過ぎったのは二つの可能性だった。
一方は、善良で頭の悪い民間人が徒歩で都市間を行き来しようした結果。
この場合、多国籍軍軍規定の民間人に関する項目により、一度車両を降りて救護活動を行う必要がある。
もし倒れている民間人をそのまま見殺しにすると、戦車前方に取り付けられたカメラの映像から軍法会議に課せられる。
更に、マスコミにリークされトカゲのしっぽ切りにあう可能性も秘めているなど、なかなかに厄介なことになることもある。
そして、もう一つの可能性も当然無視できない。
ハンドルの横にある盤上のスイッチを押す。
車両前方の複合装甲板の隙間から、大きなアンテナ状の臭気センサーが出現した。
数秒間を置いた後、先ほどよりさらに甲高いビープ音が車両内に木霊する。
「…めんどくさいなあ。」と一人ボヤキ、シートベルトを外して上部のハッチを開けた。
車両の外はカラカラに乾いた熱風が吹き荒れており、太陽の光をたっぷりと含んだ白砂を巻き上げ視界を悪くしていた。
その砂を防ぐための偏光ゴーグルで、ハッチの出口すぐに取り付けられた14.5mm機関銃の照準を覗きこんだ。
目標は―――アスファルト上の倒れた人物。
一度浅く深呼吸をして、安全装置を外し、ゆっくりとトリガーを引いた。
三発分の轟音がした後、アスファルト上の人物はひしゃげ、跳ね、そして爆発《・・》した。
機銃を構えたまま辺りを見回すと、砂漠のはるか遠くで一台のジープが走り去っていくのが見えた。
大きく息を吐き、機銃の安全装置をかけ車両内に入る。
シートベルトをしっかりと締め、戦車を走り出させた。
ペリスコープを通して見る爆発した地点に散らばる人の四肢は、黒く焼け焦げ金属とプラスチックが熱で張り付いていた。
…先程ジープが走り去ったことを考えるならば、他に仕掛けはないだろう。
アクセルを軽く踏み込み、黒く焼け焦げた絨毯の上を履帯で進んでいく。
そして、何事も無かったかのように戦車はそこから居なくなった。
後に残ったのはバラバラの死体と爆発で吹き飛んだアスファルトの破片だけだった。
それすらも絶え間なく吹く風により、そのうちに砂の下に埋まってしまった。
後に残ったのは、いつまでも消えない戦車の履帯の後だけだった。