とこしえの想い
どれだけ想えば、願いは叶えられるのだろう。
どれだけ犠牲を払えば、罪は償われるのだろう。
どれだけ嘘を重ねたら、それは真実となるのだろう。
どれだけ望めば、私は……私は…
「大賢者様?…あの、セリオス様には、どのように返答願えましょうか?」
先程、血相を変えて‘水鏡の間’へやって来たディアスであったが、予想外に沈黙の経過に遭い、彼はいささか動揺していた。
部屋の奥で、淡く光る水鏡が映し出す遥か下界を見渡す男こそ、魔王を覚醒させた大賢者にして、ここ、魔王の居となる浮き城を管理統括せし者。
夕闇に染まる間際の濃く深い赤を帯びた長髪を、乳白色の艶やかなローブに緩く波打たせている。およそ剣や武術とは無縁の優雅な姿態に、人には創造し得ない美貌の持ち主。
確たる才もない、見るからに凡庸な人間のディアスにとっては、もはや次元の違う存在であった。
とはいえ、彼は任を果たさねばならない。
エルフ族の使者として参るも、未だ陛下への拝謁が叶わぬまま、三月を徒労に費やしているセリオス…それが、今しがた、これまでにない強硬な姿勢をもって、陛下への目通りを申し出てきたのだ。
「停戦協定を人間が破ったからでしょう…」
再び指示を仰ごうと、ディアスが口を開きかけたところへ、琥珀色の瞳を下界に向けたまま、大賢者は凛とした透明感のある言葉を紡いだ。
「魔界の門が開いたといえど、魔王が姿を現さぬとあっては、愚かな人間が戦火を呼び戻すも無理からぬこと……あれが逃げ出すのを、敢えて止めなかった、私の浅慮が招いた過ちです。人であった記憶…名すら忘れてしまわれたというのに……唯一残った記憶があの者への思慕…強い執着。あれが戻らぬかぎり、シンシア様は魔王の責務を全うするつもりがないご様子では……」
淡々とした口調の裏に、微かな悲哀が漂う。
「致し方ない。出すぎた駒への制裁は、私が自ら向かいましょうと、セリオス殿に返答してきてくれますか、ディアス」
そう命じると、大賢者は白い指先を水鏡に落とした。
細波立つ水面がささやき始める。
「はっ。仰せの通りに」
うやうやしく頭を下げ、大賢者の言を携えたディアスは、足早に‘水鏡の間’をあとにする。
そして、客間のある別館へと続く回廊を渡り、乙女の抱く水瓶から豊かなしぶきをあげる噴水が目を引く中庭へと、足を踏み入れたその時、彼は遠く雷鳴がとどろくのを耳にした。
「………」
東の空。無数の稲光が集う。
人々は畏怖の眼差しをもって、天に二つの陽の輝きを見た。
忽然と現れた輝きが、大挙して吸い込まれた地で、彼らは無残に崩れ落ちた王宮に出遭うことになるだろう…。
「…命あるモノは逃がしたものの…少し八つ当たりが過ぎたか…? 幾千年重ねようと、未熟さは埋まるどころか、愚かにも、より深く抉り取られるようだな…」
深淵よりもたらされる、哀しみの正体を知る者はいない。
どれだけ言葉を尽くしても、想いは届かない。
たとえ、千里、万里を訪ねても…想いは虚無に果てるのみ…。
……けれど、彼は想う…永久に……