異界の街
「きゃっ!」
朱里は、突然、肩を叩かれた。
学校の屋上でうずくまり、自分以外は誰もいないと思い込んでいたので、心の無防備をつかれた朱里は、飛び上がって叫んでしまった。そして、目の前の誰かに向かって、朱里は恥ずかしそうに視線を移す。
しかし、予想に反して、前方には蒼い巨大な物体があるのみ…。
全体を把握するべく、恐る恐る見上げた朱里を見下ろす者…と目が合った瞬間、弾かれたように反転し、朱里はその場を逃げ去っていった。
なぜなら、それが、実在しないもの…架空の、空想の産物であったから。
(あ、あれって、まさか、ドラゴン!?)
朱里は湧き上がる恐怖から逃れようと、ひたすら走る。
周りの景色が、明らかに違っていることも、今は気にしてはいられない。
白塗りの壁に囲まれた石畳の街路を、全速力で駆け抜けた先で、朱里の目に飛び込んで来たのは、赤く色付いた水平線。そこで道が途切れる。
一段下がった浜辺へ、不運にも朱里はそのまま勢いよく滑り込んでいった。
「ひど~い!もう!何これ…ゴホッ、口にまで砂が…」
手の甲で口に含んだ砂を取り除きながら、四つん這いになった上体を起こす。
…何故、自分は砂まみれで正座しているのだろう?
朱里の思考は何も導き出してはくれない。
沈みゆく太陽か昇りゆく太陽か…目の前には懐に陽を沈めた海が広がっていた……。
潮の香りをまとった風が、朱里の汗だくの体を冷ましていく。
その冷ややかな刺激に、はっとして振り向いた。
「追って来て、ない…かな?」
いまだ治まらない速まった鼓動。その原因たる蒼い巨大な生物。朱色に白壁を染めた見覚えのない街並みに、その存在はない。朱里は胸を撫で下ろし、今しがた駆けて来た街路の先を見やりながら、立ち上がった。
その目に映るすべてが、不安のみを募らせていく…。
「夢だよね?…でも夢の中で夢って思ったことないんだけど。それに、あたしの夢はいつも白黒だった?ような気が…え?これってどういうこと?…夢落ちの可能性、ゼロなの?!」
トントンッ…。
混乱しきりの朱里の肩を、背後から軽く叩く者がいた。
「ひっ!!!」
朱里は跳ね上がる心臓の痛みで、息が止まりそうだった。
背後を確認する勇気もない朱里がとった行動は、やはりその場を逃げ出すこと。
しかし、今回は上手くいかなかった。
先手を打たれた朱里は、強く腕を掴まれてしまっていたのだ。振りほどく程の力を持ち合わせていないのでは、あらがう術がない。行きたい方向とは真逆に引き戻され、見たくはない現実をつきつけられる。
「い、いやああああ!!!」
あらん限りの声をあげて拒絶するも、状況は変わろう筈もなく……。
死の恐怖に晒され、極度の緊張下に置かれた朱里の精神は、ほどなく体の呪縛を解く。
蒼くそびえるドラゴンの、自分を覗き込む金の瞳に吸い込まれるように…朱里は意識を深く閉ざした……。