幻想庭園の乙女
楽園。ここは、そう呼ぶに相応しい。
四季の花が美しさを競って咲き誇り、小川のせせらぎにのせて、鳥達が生命の賛歌を歌っている。
自然の祝福を一身に浴びる白髪の少女が一人。
色とりどりに大輪の薔薇を散りばめた、イバラの檻の中深く、彼女はまどろんでいた。
「・・・様、シンシア様」
安息を破る耳障りな旋律。僅かに覗いた菫色の瞳は、何者をも捉えていない。
「シン、シア…?……ああ、わらわのこと、か…」
一糸纏わぬ身を包む無数の花びらが、彼女の象牙色の肌をつたって滑り落ちる。はらはらと流れながら、徐々にその色を失う。
そして、彼女の輪郭だけを残し、楽園は脆く崩れ去った。
「軽々しく我が名を口にするでない、ディアス」
誰もいない筈のバルコニーへの扉が開かれ、ひるがえるレースのカーテンにのせて、苛立ちを含んだ声音が運ばれてくる。
その先には、淡い菫色の薄衣を絡ませた体を、バルコ二ーの手すりに預けたシンシアが、背景に透けて浮かび上がっていた。物憂げに佇む彼女の艶やかな白髪を、朝の澄んだ風が洗う。
「陛下…」
瞬きを忘れた瞳に、青年は己が忠誠を誓う妖しく儚げな王の姿を捉え、安堵と感嘆の吐息を漏らした。
「して、ディアス。あれは戻ってきおったか?」
一瞥もくれず、ディアスの前を通りすぎるシンシアの衣からか、甘い花の香りがこぼれる。
「陛下。どうか、あの者をいたずらに構うのはお止めください。純血の竜と契約を結ぶ稀有な騎士とはいえ、陛下に釣り合う器ではございませぬ」
臣下の言に応える素振りは微塵も見せず、彼女は装飾美麗な円卓上に、房ごと金の天秤に盛られた濃い赤紫の葡萄をつまんだ。甘酸っぱい液体が、喉の乾きを潤おしていく。そして、口の端に滴った赤い果汁を小指で受け、舌先に転がした。
「わらわが可愛さ余って、殺してしまわぬうちに、早う改心して帰って来てはくれぬかのう」
遥か異国の空の下、想いは朝の陽光に溶け、鋭く刺さる重圧として、彼女の待ち人へ降り注がれていった。