追われし者、何を憂う
大地を蹴り、自らの上背の数倍の跳躍を果たすと、カイルは最後の獲物を眼下に捉える。そして、降下の勢いを剣にともなって、真上から死霊の騎士を貫いた。
「はい、終了」
こうして招かざる来訪者すべてが、無に帰す。
そして、再び静寂を取り戻し安堵する森には、甘い花の香りが溢れていた。
カイルは既に色の失せた剣を鞘に戻すと、香りに酔ったのか、疲労からか、その場にあぐらを組んで座り込んだ。
「どうかしましたか?カイル」
手に、カイルが脱ぎ捨てたマントを携え、心配そうにリオが駆け寄ってくる。
「死霊の騎士送り込んでくるなんて…あいつ、俺達のこと本気で殺す気か?」
肩を落とす姿に、勝利の余韻に浸るそぶりは、全くない。
「俺達ではなくて、カイルだけですけどね」
「!!…お前も同罪だろ!」
リオの連れない返答に語尾を強める。
「同罪なものですか。僕はお守り役として、カイルに同行しているだけです。婚約者であるシンシア様を捨てて、追われているカイルとは違います」
確かにリオの言うとおりなので、カイルは反論できない。それを確認して、リオはさらに続ける。
「婚儀の日取も決まって、一生安泰が約束されていたのに…なんとも愚かな事をしたものですね」
リオは、深いため息を吐き出しながらフードを外すと、いまいましい現実を追い払うかのように頭を振った。肩に届く金の髪が左右に揺れる。そして、高貴な血を宿した端整な顔立ちを、憂いの表情で飾った。
「俺は…!」
何とか搾り出した一声。
「俺は幼馴染のシンシアと婚約してたんだ……」
今にも消え入りそうな呟き。
暗闇に向けられたカイルの横顔は、そこに存在し得ない、遥か遠い景色を見ていた。
「シンシア様が魔王となられた今も、幼馴染であることに変わりはないでしょう?」
カイルの返答は無い。しかし、リオも諌める言葉をそれ以上、並べはしなかった。
今更、何を語ろうとも、故国を脱した過去は居座り続け、消え去ることはないのだから…。
小国の姫にすぎなかったシンシアが、魔王に覚醒したのは、三月程前。
いまや、大陸全土が、彼女の足元に跪いていた。