虹の去りし地で
街は、瞬く間に荒野と化した。それを形成していたものたちが慌しく去り、乾いた土地を剥き出しにする。彼らを追い出したゴーレムもまた、姿を無くしていた。
ただ、ふたつの人影が吹き荒ぶ風にその身を晒している。
「帰りが遅い故、迎えに来てやったぞ、カイル」
風に誘われるままに、少女の柔らかな白髪がカイルの頬をくすぐる。
「……魔王よ。何故、私を求める?」
眼差しを交わさぬ自分を拒絶する者を前に、彼女は微塵も揺るぎはしない。
「何故? ……愛する者を求めるは、おかしなことか?」
「それは……あなたの器となった姫の想いにすぎない」
「だからどうだと言うのだ? わらわがそなたを愛する一因となっておるだけであろう?」
「……その愛は偽りだと申しているのです。聡明なる我等が魔王よ、いつまでも小さき人の亡霊に囚われていてはなりませぬ」
「そなたの言葉こそ、真を語らぬ偽りではないか? わらわを愛せぬと正直に申したらどうじゃ……愛しき姫の体を奪うた、憎しみの対象でしかないとな」
「まさか、あなたを憎むなど……! 私は……」
続かぬ言葉。それは、カイルが閉ざしてきた葛藤の先にこそ見える真実だった。しかし、彼はそこへ踏み入ることを拒む。菫色の瞳を見返すことを、ひたすら恐れていた。
「もうよい。そなたの心の内に興味はない」
双方の意見が歩み寄りを見せない以上、物事は力ある側の采配にゆだねられる。
「!?」
空を切る音が止んだ。それは風の消失……。そして、カイル自身が風のある領域から消え去った証でもあった。
今、幾重にも積もった薔薇の絨毯の敷かれた花園へ、彼らは降り立っていた。
「……さて、急ぎ文を送らねばのう」
二人の足元に伏していた花びらが、命を受け、ひらひらと羽ばたき、互いを呼び寄せ重なり合う。それらは真紅の蝶の群れとなり、きらきらと光の粒を降らせながら四方の空へと溶けていった。