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休日の過ごし方

作者: 阪上克利

 休みの日は近所の温泉に行くのが多田の日課だった。

 日課……というほどたいしたものではないが、特にやることはないし、家でじっとしていても多分、パソコンでネットサーフィンをするか、テレビを眺めているか、本を読んでいるか……そんなものだろう。


 実際、世間では休みの日には出かけるというのが通常のようだ。

 独身の多田のような男なら彼女でも作って……というところなのだろうが、出かけると行っても、特に行きたい場所はないし、彼女と言ってもそんな出会いもない。


 そんな感じなので、会社が休みの時は、自宅近くの温泉に歩いていき、風呂上りにビールを飲んで、そのあと本屋によって夕方になる前には自宅に戻る……というパターンである。

 その日もいつものように多田は温泉に行って、フロ上がりにビールを呑んで、気持ちよくなりながら歩いて本屋に来た。


 毎週来ている本屋ではあるが、行く度に新しい発見があり、読みたい本も何冊か見つかるし、店員は親切だし、多田はこの本屋を気に入っていた。

 日曜日に本屋に来ている人間なんてそんなにいないので、人ごみにまみれることもなく静かな空間を楽しんでいた。

『何かお探しですか??』

 不意に呼ばれて振り向くと、多田より頭一つ以上低い位置に店員の顔があった。

『あ……いや……』

『お客さん、毎週来てますよね。ない本があれば予約しますから言ってくださいね』

『あ、はい……』

 エプロン姿で髪の毛を三角巾でまとめている店員の女性は、雑誌やテレビで見かける女性とは違い、飾り気はなかったが、逆に新鮮だった。

 多田はその女性の背中を見送ると、小説の物色をし始めた。

 そうなると夢中になる。


 多田にとって本は、現実とは違う世界に連れて行ってくれる魔法のようなものだった。

 もちろん現実の世界が嫌なわけではないが、読書をすると現実ではありえない小説の中での世界を楽しむことができる。

 世間一般に彼女を作ってデートすることが当たり前、といわれても多田はそんなことをするぐらいなら本を読んで、その物語の中を見学した方が何倍も楽しかった。

『え――と』

 本を選ぶのに夢中になりすぎて多田は周りに無頓着になっていた。


『あ――――――――っ!!!』

 さっきの女性店員か……。

 騒々しい奴だなあ……。

 多田はそう思って声がする方を見た。

 すると目の前には本の山があって、分厚い辞典やら、参考書やらがドサドサと落ちてきた。

『う……痛え……』

 どうやら本棚の上においてあった書籍が落ちてきたようだ。

『ご……ごめんなさい!!』

『ああ、別に大丈夫。片付けようか……』

 そんなにケガもなかったわけだし、怒る理由もなかったので、多田は落ちてきた書籍類を片付けてやった。

『本当にごめんなさい。』

『いや……大丈夫だから……』

 多田は読みたかった数冊の本を持ってレジに向かった。

 レジには誰もいなかった。

 店内は混んでいるわけではなかったので問題はないのだろうけど、今日はあの女性一人なのかもしれない。

『すみません』

『大丈夫ですか?』

『はい……なんとか……』

 多田はレジで女性にお金を払って店を出た。


 少し歩いた後、多田は珍しく喫茶店に入ることにした。

 家で本を読んでもいいが、ちょっと気分転換にコーヒーでも飲みながら読書しようと思ったのである。

『すみません……』

 息を切らしながら、先程の本屋の女性がやってきた。

 店はいいのだろうか……。

『お釣り……。お釣り間違えました……あ……』

 何の気なしに女性のエプロンを見たらそこには名札があった。

『高橋美弥』と書いてあった。

 うん。

 どこにでもある名前だな……多田は思った。

 美弥はポケットをさぐっていたが……どうやらお釣りを間違えて、返そうと思ったらしいのだが、肝心の小銭を忘れたらしい。


『えーと……お店大丈夫なんですか? 一人なんじゃあ……』

『あ!! ヤダ!!! そうだった!! どうしよう!!!!』

『オレのことはいいですから戻ったほうがいいですよ』

『すっすみません!! えっと!!! ここで待っててもらっていいですか?すみません!!』

 多田が良いとも悪いともいう前に、美弥は走って行ってしまった。

『せわしない女性(ひと)だなあ……』と思いつつも多田は喫茶店に入って待つことにした。

 というのは先ほど買った本があるし、ゆっくり読みながらでも待ってればいいと思ったからだ。多分、あの調子だと、高橋美弥という名前のあの子はお店が終わるまではここには来れないはずだ。


 ホントにドジな子だな……。


 多田は喫茶店の窓際の席に座って、コーヒーを頼んだ。

 別にお釣りなどどうでもいいのだが、ほっといて帰るのも気が引ける。

 多田はコーヒーを一口飲んで、本に目を落とした。

 本の世界に引き込まれていく。


『あの……』

 声をかけられてハっとした。

 気がつけば辺りはすっかり暗くなっていた。

 テーブルにおいてあるコーヒーはすっかり冷たくなっている。

 多田が声の方を見ると目の前にはエプロン姿ではなく、通勤時の私服らしい格好をした美弥がいた。

『ああ……』

『すみません。お待たせしてしまって』

『いや……大丈夫ですよ』

『これ……お釣りです』

 お釣りの額は5円だった。

 そんなのいいのになあ……と多田は思いながら、5円を財布の中にしまった。

『あの……阪上克利の化け猫シリーズ、好きなんですか??』

『ああ、これ? うん。まあね。彼の小説の中ではかなり異色の作品だからね』

『面白いですよね。あたし、アヤコが失敗ばかりするところが面白くて』

『失敗続きのアヤコだけど、彼女は努力家だよね』

 多田の言葉に美弥はうんうんとうなずいた。

 気がつけば多田は美弥とかなりの時間、話しこんでしまった。

 美弥は阪上克利の化け猫シリーズだけはなく、他のシリーズも読んでいたし、話をすればするほど、彼女が読書家であることは多田にはよく分かった。

 同じ世界を共有できると、話は大いに盛り上がる。

 気がつくと喫茶店は閉店の時間になってしまった。

 多田と美弥は喫茶店の外に出た。

『また……会えますか?』

『え??』

 多田は面食らった。

 いきなり知らない女性にこうやって声をかけられてまた会えるかなど聞かれることなど、阪上克利の小説の中でもそうそうありえないだろう。

 ただ……。

 断る理由もない。

 美弥が嫌か……といえばそうでもない。

 もちろん、好きかと言われればそうでもないのだが……。

 はっきり分かるのは、彼女とは本の中の世界を共有できるということだ。

 それは楽しい。

 世界をめぐる旅は一人より二人のほうが楽しいに決まっている。


『あ……えーっと……。すみません。何言ってるんだろ。あたし』

 美弥は自分の言ったセリフにあせって、あたふたしていた。

『いいよ』

 別に断る理由はない。

『え。いいんですか……やった……。えーーと、あの、あの、じゃあ……。来週もこのお店で……このぐらいの時間で……』


 多田はなぜ美弥がこんなに慌てふためくのか分からなかったが、来週から少し休日の過ごし方が変わるなあ、と漠然と考えていた。


((了))


この小説に出てくる多田という男はボクの友人がモデルです。

彼の休日の過ごし方が、劇中の多田と同じような感じだそうです。そこで、彼の生活が変わるような出来事が起こったらどんな話が展開していくんだろう・・・と思って書いたのがこの小説でした。

あらすじのところにも書きましたが、ありえない展開だと思います。

大体、本屋で女の子と知り合って、その子と喫茶店で話をし、次もまた会える・・・そんなことは絶対ありえない・・・と言ったら言い過ぎかもしれませんがほぼありえないでしょう。

多田が読んでいる本がボクが過去に書いた小説だということは完全なる洒落です。

もちろん化け猫シリーズはあれ1作では終わりにするつもりではなく、構想は頭の中にはあるんですが・・・(笑)

あと、美弥がお釣りを返しにきて、そのお釣りの額が5円。

気づいた方もいるとは思いますが、『ご縁』とかけてみました(笑)

そんな遊び心たっぷりの短編。

こんなことありえないよ!!と怒らずに、阪上の洒落につきあっていただき、『ふふふ。』と笑っていただければ幸いです。

ここまで読んでくださった方に感謝致します。


阪上克利

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。店員さんの慌て具合が自分と少し似ていて既視感を感じます。 今後、二人がどうなっていくのか楽しみです。 [気になる点] 特に文法では問題ないと思われますが、小説を書く上でのル…
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