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わたしの夢と彼の感情

作者: 青蒼 藍

何だか随分と長い短編になってしまいました




~~~とある少年の遺書~~~~~


 夢とは、何だろう。僕には夢は無い。将来やりたい事も、今やりたいことすら無い。


そんな何も無い僕でも夢を見てもいいのでしょうか? 


お願いですから誰か教えて下さい。そして、誰が僕に夢を見せて下さい。


それだけが僕の望みです。


~~~~~~~~~~~~~~~~



「ふわぁあああ。眠いです」


 授業の終わりのチャイムが鳴り響き、教師の南ちゃん(59歳)が出ていく。教室の中に喧騒が生まれる。


「あんたあれだけ授業中に寝ておいてまだ眠いとか言うのはこの口かぁああ!!!」


「むにゃぁああああ。痛い、痛いです。愛気(うき)ちゃん、や、止めて下さいいい」


 いきなり人のほっぺをつねったのは、後ろ席に座っているわたしの親友の河西(かわにし)愛気ちゃんだ。


「だってあんたさっきの授業起きてたの最初の5分と最後の5分だけじゃない。それなのになにが眠いだぁああ」


 愛気ちゃんは私のほっぺをたてたてよこよこと引っぱり回してようやく話してくれる。


「だってまだ昨日は新刊の発売日だったんだもん。新しい本をたくさん買っちゃったんだ。だから、昨日結局寝れなかったんだよねえ~」


 ああ、面白かったな。思い出しただけでも笑えてきちゃう。早く続刊でないかな。


「はぁ~。また、あんたそうやって本を馬鹿みたいに買って。次の日学校があるんだから自粛しなさいよ」


「でも、面白かったんだもん」


 わたしが言い訳をすると、愛気ちゃんが眼を細めながら疑うような顔して言う。


「あんたしょっちゅう寝てるけど、この前の期始めテスト赤点幾つあったの?」


「キハジメテストッテナンデスカ? ソンナモノイツウケタンデスカ?」


「記憶を無くしたりとカタことになるほど悲惨だったのね。聞いて悪かったわ」


 人の頭をなでなでしてくる愛気ちゃん。でもその優しさが苦しいよ


「うう、分かっているよ。成績が悪いのぐらい。でも、世の中成績だけがすべてじゃないと思うの。そうだから成績は悪くてもよい。そうでしょ、愛気ちゃん」


 愛気ちゃんはなぜだか大きなため息をついてから、こっちをじっと見てから言う


「自己の正当化もそこまで行くとある意味、尊敬できるわよ。でも、あんたが言っている事だけじゃあ実際の世の中渡っていけないわよ。将来とかどうするのよ。あたし達まだ二年だけど来年は受験生よ。あんたどうするのよ? いまどき高卒で雇ってくれるとこなんて無いわよ」


 心配そうにこっち見てる愛気ちゃんに胸を張ってはっきりと答える。


「よくぞ、聞いてくれました。わたしは将来、作家になります!!!」


 作家になるのはわたしの夢だ。小さい頃からずっと本を読んでいた。でも何時からか自分でもこういう物語を書きたくなった。


 誰かが喜んでくれる物語。誰かが感動できる物語。誰かが笑える物語。


 そして自分が満足できる物語。それを書きたい。そんな物語を書くのがわたしの夢だ。


「まあ、あんたの夢は知っているし、文芸部にも所属しているからあんたがどんな小説を書くのかも知っているから」


 そう言えば去年の文化祭の時に文芸部の活動で冊子を作った時に私も書いたからね。愛気ちゃんも私の小説を読んでくれたんだ。


「そう言えば感想を聞いた時にはっきり答えてくれなかったよね」


「あん時はあんたに悪いと思ってたから言葉を濁したけど、あんたが本気で作家を目指すのなら言うけど。あんた文才ないでしょ」


「うぐぅうう。はっきりと言われると傷付くよ。まあ自覚はあるけど」


 わたしには文才がない。そんな事は初めて小説を書いた時に気付いた。どれだけ物語りが想像できても、わたしにはそれを文字に変える力が乏しい。伝えたいことの半分も文字に出来ない。


「それでも、わたしは作家になりたいんだよ。文才がなくても作家になりたいんだよ」


 頑張る。どれだけ文才がないって言われても私には作家になりたいから。そのために文芸部でも必死で物語をたくさん書いている。少しでも物語を上手く文字にする為に動力し続けている。


「あんたが努力しているのくらい分かっているわよ。後、想像以上に頑固者なのも。でも、作家になりたいのなら一般教養ぐらいはあった方はいいと思うわよ。だから、せめて授業を寝ないでちゃんと受けなさい」


「ううう、分かったよ。頑張って授業も受ける」


 愛気ちゃんの言うことは分かるし、わたしも頑張って授業を受けようと思うけどそれでも面白い本があるとつい読んじゃうし、それで夜更かししちゃうとどうしても授業中眠くなっちゃって寝ちゃうんだもん。


「そう言えばあんた文芸部の方どうするのよ?」


「そういえばそっちの方はまだ何にもできてないや」


 文芸部、現在部員一人。去年までは先輩たちが2人居たけど、今年の春に卒業してしまった。4月一杯までに部員数が三人を超えていなければ廃部になってしまう。


「愛気ちゃん、どうしよう。一年生が二人ぐらいなら入ってくれると思って、張り紙ぐらいしかしなかったけど、でも廃部になっちゃうよ~」


「まあいまどき文芸部なんて地味な部活に入る子も滅多にいないでしょ。去年はあんただけ、そのまえ誰もいなかったんでしょ。積極的に勧誘でもしなきゃ入ってくれる奴なんて見つからないわよ」


「どうしよう。このままだと私の文芸部潰されちゃうよ」


 4月が終わるまで後二週間。それまでに部員を後二人集めない。でもどうしよう。


「まあ一週間経っちゃったからね。運動部系はもう決めちゃっているだろうし、後うちの高校は吹奏楽と美術は結構なレベルだから文化系も結構も決めちゃっている子が多いかもね。どっちにしてもすでに出遅れているわ」


 確かに運動部系はともかく文化系も結構決まっちゃっているだろう。だったら、狙うとしたら学校が終わってすぐに帰るような子たちかな?


「そもそも部活動は強制じゃないから。この時期に放課後すぐに帰る子たちはもとから部活に入る気ないんでしょう」


「ううう、だったらどうすればいいの? それじゃあ今からどうやって部員を集めればいいの?」


 たった二人、されど二人。今からじゃあどうしようもない。このままだと廃部に向かって一直線だ。


「でも、正直言って小説を書くだけなら部活動でやらなくてもいいんじゃない?」


「う、確かに書くだけなら部活動じゃなくてもできるけど」


 小説を書くだけなら家で一人でも書くことはできるし、別に無理して部活でやることはない。


「だったら何でそこまで部活でやりたいの?」


 少し恥ずかしいけど、しっかりと愛気ちゃんを見てから言う。


「誰かに読んで欲しいから。部活でやれば私が書いた小説をすぐに誰かに読んでもらえるし、それにすぐに感想が聞けるでしょ。私はダメダメだから少しでも上手く書けるようになりたいから、そのために誰かの意見が聞きたいんだよ」


 それに気が合う人たちたくさん好きな本の話をしたいから。少しだけ小説みたいな、マンガがみたいな楽しい光景にあこがれているのかもしれない。


「だから部活を守りたいの」


 顔が熱くなる。やっぱり恥ずかしい。


「はぁ~~~。とりあえず一人どうにかして一人だけは入部させるわよ」


 大きなため息をついた後に愛気ちゃんは何かを吹っ切るように立ち上がり、そっぽを向きながら頭をガシガシと掻きながらそう言った。


「えっ? でも、三人居ないと部は存続できないよ?」


 私はそう聞くと、愛気ちゃんはそっぽを向きながら怒ったようにぶっきらぼう言う。


「もう本当に鈍いわね。あたしが入ってあげるわよ。どうせ元々放課後はバイトがない時は暇だし、いいわよ。あんたの小説、あたしが読んであげるわよ」


 思いっ切り全身全霊で愛気ちゃんを抱きしめながら大声で言う。


「愛気ちゃん、だ~~~~い好き!!! もう本当にありがとう!!!」


 そのままぎゅ~っと抱きしめ続けると、愛気ちゃんはわたしの手を叩いてくる。


「恥ずかしいから離しなさい。それに幾らあたしが入ってももう一人誰か入らなきゃ結局廃部なのよ。そこのところちゃんと分かっているの?」


「でも、後一人。たった一人だよ。それだけならどうにかなるかもしれないじゃん。それに二週間で二人見つけるより二週間で一人見つける方が簡単なはずだよ」


 そう後二週間もあるのだからどうにかなるはずだ! 


「まあ、やる気を出したのはいいことだね。そろそろ次の授業始まるけど今度は寝るんじゃないわよ」


「わたし、頑張る!!!」


 こうしてわたしは文芸部存続の為に動きだした。


 そして一週間の時が流れた。




「ううううう、全然集まらないよ。どうしようもう一週間経っちゃったよ」


 愛気ちゃんが入部してくれてから一週間目


わたしと愛気ちゃんは離していた。話していることはもちろん文芸部存続の為の部員確保についてだ。


「張り紙もたくさん張ったし、勧誘のチラシもたくさん配ったし、それに看板も作ったんだよ、なのに誰も入ってくれない。ねえ、愛気ちゃん! どうしよう!!!」


「まあ、元々スタートが遅すぎたのもあるけど、文芸部自体の知名度も低いのもあるわね。ただでさえ地味で実績も無い部活で、挙句廃部直前とくれば。まあこうなる事も想定出来てはいたけど、私も一人ぐらいは入ってくれる人がいると思ったけど甘かったわね」


 そう言って、愛気ちゃんも溜息をつきながら少し落ち込んだ様子で続ける。


「せめてスタートが同じだったら、如何にかなったと思うんだけどね。まあ、時は戻らないから、今から出来ることを考えましょう」


 今できることもうほとんどやっちゃったんだよね。でもどれも効果がなかったんだよね。だったらわたしたちには後何ができるんだろう?


「ねえ、愛気ちゃん。一年生以外の部活動に参加していない二年生を勧誘するっていうのはどうかな?」


 とりあえず、必死に考えて思いついたことを話してみる。


愛気ちゃんみたいに部活動に参加していない二年生は何人もいるだろうし、だったら入部が決まっている一年生よりもそっちもピンポイントに狙いを付けて勧誘をしてみればそっちの方が入ってくれる可能性は高い気がする。


「まあ、あんたにしては悪くない案ね」


「だったら「でも無理ね」」


 わたしに被せるように愛気ちゃんは言う。きっぱりと断言するように言う。


「二年のこの時期に部活に入っていない連中ははなから部活に入る気がない連中よ。今さら勧誘されたからって入るような奴らじゃないわ。まあ、頼めば名前くらい貸してくれる奴もいるけど」


「それはイヤ。わたしは一緒に部活ができる人を探しているの。名前だけとか幽霊部員とかそういうのはイヤ。たとえ毎日、来れなくても一緒に部活をやってくれる人じゃなきゃ、イヤ」


 きっぱりとはっきりと断言する。それだけはイヤだ。わたしは一緒に部活をやってくれる人を探しているのだから、名前だけなんてイヤだ。


「分かっているわよ。あんたそう言う頑固者なのは。でも最悪の場合はそれも考えておきなさい。部活を存続させたいのならね。ほら、もうすぐホームルームが始まるわ、また次の休み時間に話しましょう」


「うん、分かった」


 そう言い終わるとすぐに先生が入ってきた。でも何だか何時もとは先生の雰囲気が違っていた。何だか、少し顔が強張っているように見えた。


「えっと、今日は皆さんに転校生を紹介します。本当は今学期の始めから皆さんと一緒に授業を受けるはずだったんですけど、手続き上の都合で今日まで伸びてしまいました。それじゃあ、入って来てください」


 そう言って廊下から先生は一人の男の子を呼んだ。


 中に入ってきた男の子の外見は一言で言って普通だった。


 身長も普通で、体型もやせ過ぎずふと過ぎず、顔も整ってはいるがカッコいいまではいかずかと言って不細工ではないし、髪型も短髪と長髪の間ぐらいだ。


「初めまして。山海(さんか) 未過(いまか)といいます。よろしくお願いします」


 それだけ言って左から2列目の一番後ろの席、すなわち教室の中のたった一つの開いている机に向かって歩き出し、そのまま座る。その席はわたしのとなりだった。


「山海くん、よろしくね」


 一応礼儀として声をかけて見ると、むこうもこちらを向いて何も言わずに会釈だけしてくる。


 そして先生から連絡事項が伝えられ、ホームルームはそのまま終わっていた。


 終わると同時に何人かのクラスメイト達は彼の周りに集まり、矢継ぎ早しに質問をしていく。わたしもその輪に交じろうかなと思っていた時、背中をたたかれる。


「愛気ちゃん、何?」


「良い事を思いついた」


 とっても悪そうな顔をしながらそう言う。愛気ちゃんは時々こういう顔する。そして子言う顔をしている時の愛気ちゃんはとっても心強い。


「転校生を文芸部に引き込む。あたしの直感が言っている。これはチャンスだって。最初で最後で最大のチャンスだって」


「どういうこと?」


 これを引き込もうとするのは分かるけど、これがなんで最初で最後で最大のチャンスになるのかが分からない?


「今の感じだと一週間じゃあどうやって後一人集めるのは厳しかった。でも、あの転校生なら集めることはできる可能性が他のどの生徒よりもある。なぜならスタートが一緒なんだよ。あいつならスタートが唯一一緒なんだよ」


「なるほど。だったら今すぐにでも勧誘をしなきゃ!!! ねえ、山むぐ」


 声をかけようとしたら愛気ちゃんがいきなり人の口に手を当ててわたしがしゃべるのを妨害してくる。そのまま愛気ちゃんはわたしを椅子に座らせて、こちらを見て怒ったような口調で小さい声で話してくる。


「バカ! 物事には順序とタイミングがあるのよ。今言っても他の皆の質問に紛れて印象が薄れちゃうでしょ。だったらもっと効果的なタイミングで相手の印象に残るように言いなさい」


 それって一体どうすればいいんだろう? より効果的で相手の印象に残るようなタイミングで言うのなら一体どうすればいいのだろう? 


 わたしが頭を悩ましていると、愛気ちゃんは微笑みながら言う。


「安心しなさい。あんたがバカなのは分かっているわ。だからあたしに任せておきなさい。今はまだ情報が少ないけど昼休みまでには如何にかしてみせるわ。だから、それまでは普通に世間話でもしてなさい。あんたは昼休みまでに少しでもあいつと仲良くなりなさい」


 うんとわたしが頷くと愛気ちゃんはそのまま廊下に跳び出して行った。一体どこに行ったんだろうか?


 とりあえずわたしにもできることをしよう。まずは愛気ちゃんに言われた通り仲良くなろう。とは言っても彼の周りにはたくさんのクラスメイトが輪をなしている。入り込むのは大変そうだからまずはどんな話をしているのか聞いてみよう。


「ねえねえ、山海君は前はどこら辺の学校に住んでたの?」「他県から越してきました」「どうして転校してきたの?」「えっと家庭の事情です」「一体どこに住んでるの?」「駅前の近くのマンションに」


 などなど色々なことを話してはいる。そして聞き耳を立てている内に授業開始のチャイムが鳴る。まだ先生は来てはいないけど、生徒たちも次々と自分の席に戻って行く。


 今こそチャンス! わたしは彼に話しかけようとする。


「山海君、色々と質問されて大変そうだね。授業でわからないことがあったらわたしに聞いてね」


「ありがとうございます」


 彼はそう言って丁寧に椅子に座ったまま頭を下げてくれた。うん、これでよし。そして先生来て、授業が始まった。


 でも、授業中向こうから話しかけてくることも、質問してくることも無かった。


「山海君。今の授業、分かりましたか?」


 ちなみにわたしにはさっぱり分からなかった。愛気ちゃんに言われた通り寝ないで起きてちゃんと聞いてたけど全くさっぱり分からなかった。


「ええ、少し難しかったですけど分かりました。遅れた2週間分の早く取り返さないと行けませんから。せめて今の授業ぐらいはついていかないといけないから」


「大丈夫だよ。少しぐらい遅れただけならすぐに取り返せるよ」


 その後も当たり障りのない会話しかできなかった。愛気ちゃんの忠告もあったけど、何だか彼の雰囲気がそうさせていた。何だか、ある程度は踏み込めるけどそれ以上は踏み込めない。


 結局、昼休みになるまでそんな会話しかできなかった。


「愛気ちゃん、どうすればいいの?」


 部室に移動して二人で昼食をとりながら、聞いてみる。ちなみに愛気ちゃんは休み時間になる度に急いで何処かに行ってしまうのでわたしと山海君の話は聞いていない。


「とりあえず今分かっている彼の情報を話すわね。転校生の名前は山海未過。元居た高校は都内の進学校。転入試験の結果は普通。家族構成は4人家族で妹が一人いる。両親の二人は共働き。まあ、今のところはこれぐらいしか調べられていないけど、明日には趣味嗜好まで調べてみせるわ」


 相変わらず、すごいな。この短時間でどうやって調べたんだろう? まあ毎度のことだから気にしないけど。


「まあ、今までは部活動に所属していてもあまり参加していないみたいだったけど、そこはあんたの説得次第でしょ」


「つまりわたしが頑張れば彼を部活に引き込むことができる。そう言うことだよね!」


 わたしが彼をやる気を出させるような勧誘ができれば参加してくれる可能性はある。


「タイミング的に一番効果的なのは放課後でしょう。だったらホームルーム終了後すぐに一番最初に声をかけて文芸部に勧誘しなさい。それが一番効果的なタタイミングだと思う」


「わかった。でもどんなふうに声をかければいいのかな?」


 彼が入ってくれるようになるような。興味がそそられるような。今まで同じにやっても駄目な気がする。だったらどうすればいいのだろうか? 部の内容を説明して、それで入ってと言うだけでは弱い気がする。


「やっぱり部の内容を明確にして、あたし達と同じ部に入ったらどれだけ楽しいのか説明する。それぐらいしかできないし、それにただでさえまだ転校生がどんな奴かは分からないから本について話す事も裂けた方がいいわね」


「何で? だって文芸部なんだよ。本を読むことが、本を書くことがどれだけ楽しいのかを説明した方がいいんじゃない?」


「まあそうだけど。転校生がもしも本が好きじゃなくて、それどころか大嫌いだった場合本について説明したら逆効果でしょ。そもそも本が嫌いだったら望み薄だけどね」


 確かに、本を嫌いだったら望みは薄いけど、でも本のことが好きだったらそうだったら入ってくれるかもしれない。


「だったら部に勧誘する前に本を読むかどうか確認すればいいんじゃない?」


 そうすれば、それにあった対応が出来るんじゃないかな? 


「それはあんたの仕事でしょ。あたしの仕事は調べて考えるだけ、転校生に対してそれを実行するのはあんたの仕事。だから、確認するのなら手助けはするけど、実際に聞くのはあんた」


 そっか、そうだったね。あくまでも、愛気ちゃんは協力してくれるだけ、実際に動いて考えるのはわたしの仕事。そこは甘えちゃいけない。


「彼が戻ってきたら聞いてみるね。彼を絶対入部させて見せる」


 わたしは決意を再度固めて、お昼を食べる。


「まあ、あたしの方から言えることは今の段階じゃあこれぐらいしかないから。もっと調べてみるけど後一週間しかないから前の学校での事とかはさすがに厳しいな。まあ転校生の個人の事を重点的に調べてみるけど。何か調べて欲しいことある?」


 調べて欲しいこと。知りたいことか。今のところはまだないかな。


 わたしは首を振ってこたえる。愛気ちゃんも頷いてから購買で買ったパンを食べ始める。二人で世間話をしながら、わたしが書いた小説の批評を聞きながら、普通にお昼をしていた。


 そしてお昼が終わり、わたしは教室に向かっていた。愛気ちゃんは一緒ではない。残念ながら愛気ちゃんはクラス委員長である為に先生の所に行ってしまった。と言う訳でわたしは一人で歩いていた。


 文芸部の部室がある旧校舎は基本的に何時でも余り人がいない。大きな部活なら新校舎の方に専用の部室があるし、運動部は校庭の所にあるプレハブの建物内にあるから、ここにある部室は文芸部以外はほとんどが同好会で無許可で使っている。


「最悪、同好会になってもいいけど。それだと生徒会にばれたら潰されちゃうし、部活として認められないと部室の本が」


 部室にある大量の本。それが捨てられてしまう。それはイヤだ。あそこにはたくさんの思い出が詰まっているから。


「だから頑張らないと」


 そう思いながら旧校舎から新校舎へと歩いて行く。その時わたしは見た。彼を、転校生である山海未過君であった。わたしは見てしまった。本物無表情を。


 彼は階段を上がっていた。踊り場で曲がるときに一瞬だけ見えてしまったその表情にわたしはゾッとした。見えたのはほんの一瞬それでも背中に得体のしれない冷たいモノを流しこまれた感覚だった。


 思わずその場に立っていられずに廊下にへたり込む。訳が分からなくなった。たった一人で歩いていた彼の表情を見たから。いや、表情を見れなかったから。違う彼には表情が存在しなかった。


 何もなかった。喜怒哀楽の何もかもがなかった。本来あるはずのモノがなかった。だから、あんなにも怖かったのか? 分からないけど、でもあれが無表情なのだろう。


 その後はほとんど記憶がない。気が付いた時には教室の自分の机の上で突っ伏していた。意識が元に戻ったのは次の休み時間。それまでの記憶は欠落しているかのようにない。


「どうしたんですか? 顔色が悪いですけど?」


 その声にわたしの意識は元に戻った。そう言ったのは隣の席に座っていた彼だった。よほど酷い顔していたのだろう。


「あははは。大丈夫ですよ。ちょっと変わったモノを見ちゃったんで気分憂鬱になっただけですから心配しないでください」


 何とか声を絞り出して言う。でも声があり得ないほど掠れているのが自分でもよく分かる。


「本当に平気ですか? 駄目でしたらえっと保健室に連れていきますけど。どうしますか?」


 わたしはどうすればいいのだろう? 彼に対してどう接すればいいのだろう。なぜ彼はあんな表情をしていた、いやなぜ表情がなかったのだろう。疑問が頭を埋め尽くす。それになんで今はこんなにも普通にしているのだろう。


 どっちの彼が正しいのだろう。どっちの彼が本物なんだろう。


分からないけど、わたしは知りたいと思う。彼が何なのか知りたいし、そのうえで勧誘したいと思っている。


「うん。ごめん。保健室に連れてってくれるかな?」


「良いですけど。場所が分からないので教えてくれますか?」


 わたしは頷いて歩き出す。彼の前に立って歩き出す。私の後ろを彼が歩く。ゆっくりとだけど確実に保健室に進んで行く。途中にあった先生に事情を説明する。


 そうして保健室に着いた。保険医の先生はいなかった。誰もいなかった。


「それじゃあ、僕は戻りますね」


 彼は踵を返して、出ていこうとする。


 わたしはどうする? わたしは真実が知りたい。わたしは真実を知ってからじゃなければ彼を部活に引き込めない。部活に誘えない。だからわたしは。


「わたしは見た。さっきの昼休みの終わりに旧校舎からこっちの校舎に行く時。ニ階から三階の階段を上っている姿をみた。その時のあなたの顔見た」


 彼は扉に手をかけた状態でしばらく固まっていた。でも、大きなため息をついてからこちらに振り向いてくる。


 あの時と同じ無表情で。こちらを向いて話し始めた。


「転校初日で結構疲れていたんだよね。だからかな、一人になった時に油断してつい仮面が外れちゃったんだよね。でもまさか、あんな所に人がいるなんて思わなかったよ」


 抑揚のない声、本当に感情がない機械の声みたい。気味が悪い。


「それで君は何を望んでいるんですか? 僕にその事を話して何を望んでいるんですか?」


 わたしが望んでいることはただ一つ。それは変わらない。


「わたしは事実を知った上であなたを文芸部に勧誘したい」


「? 何で僕を文芸部に勧誘をしたいんですか? 僕以外の人を勧誘したらどうですか?」


「そうしないと部が潰れちゃうから。あなた以外の人は入ってくれそうもないから。それが理由だけど」


「そうですか。でしたら、僕の名前と名義だけ貸しましょう。そうすれば、君の部活は潰れないでしょ」


「それはお断りです。わたしは部員全員が楽しんで参加できる部活を作りたいの。だから名前だけ貸すとか、幽霊部員はいらない。わたしはあなたにも楽しんで部活に参加してもらいたい」


 だから知りたい。彼がなぜ感情をなくしたのか。そして、彼にもわたしの部活で楽しんでもらいたい。


「それは無理ですね。僕は楽しめない。昔の僕ならともかく今の僕に見えているのはただどうしようもなく辛い現実だけです。あの時に僕は無くしたんですよ。感情だけじゃない、全てを。僕はあの時どうしようもない過ちを犯してしまったから」


 その声はさっきと同じ抑揚のない声で感情なんて分からなかったけど、それでもわたしには彼が悲しんでいるように見えた。涙なんて見えなかったけど、泣いているようにしか見えなかった。


「だったらわたしがあなたの感情を取り戻してあげる。わたしの夢は作家になること。作家は人の感情を動かすことができる数少ない仕事だとわたしは思っている。だからあなたの感情をわたしが取り戻してみせる」


 だから自然と口が動いていた。考えるよりも先に口が動いていた。


「そんなことは出来ないよ。世の中には如何にかならないことしかない。どれだけ後悔してももうどうにもならない。僕は全てを失った。夢も希望も感情もさえも何もかも無くしたんだ。失ったモノは取り返しようも無い」


 変わらない言葉だけではどれだけ言っても伝わらない。言葉だけでは何も伝わらない。だったら、わたしにしかできない伝える方法がある。


「わたしは作家。わたしが書く小説であなたを変えてみせる。だからもしあなたが変われて感情を取り戻したのなら、その時はわたしと一緒に部活を楽しんでほしい」


「出来るものならやってくれ。どうせそんな事出来やしない。君がどれだけのモノを書こうとも、僕に感情が戻ることは無い」


 そう言って彼は扉から出ていこうとする。


「それでもあなたがもしもあの時の事故と一緒に失ったはずの感情を取り戻せるのだとしたら、その時はあなたと部活を目井一杯楽しみましょう。そう約束をします」


 最後にそう言って保健室を出ていった。


「絶対に書いて見せる。彼の感情を取り戻す小説を」


 彼が出て行って、少しずつだけど冷静になって行く。


「どうすればいいんだろう? 勢いに任せて言っちゃったけど」


 とりあえず、愛気ちゃんに報告しよう。ポケットから携帯を取り出して、メールを打つ。授業が終わったら部室集合。


「これでよし。まずは愛気ちゃんに彼がどうしてそうなったのかを調べてもらおう。わたしが書き始めるのはそれからだ」


 わたしには才能がない。読んだ人全員の心を動かす小説なって今のわたしにはどうやったって書けっこない。


 でもたった一人の人の心を動かすことができる小説を書くことできるはずだ。


「ううん。やらなきゃいけない。できないじゃない、やらなきゃだめなんだ」


 まずは保健室を出て、部室に向かう。歩いている途中でチャイムが鳴った。随分長いこと、保健室に居たんだなあ。


「愛気ちゃん、居る?」


「居るわよ。それで転校生と保健室で何をしてたのよ。あんたは授業をサボるし、転校生は戻ってからずっと上の空だし、一体何が起きたのよ?」


 とりあえず、説明するべきだろうか。でも、これはわたしの問題だし、あんまり愛気ちゃんに心配かける訳に行かないしどうしよう。


「説明しなきゃ、駄目かな?」


 わたしがそう言うと愛気ちゃんは大きなため息をついてから、小さな声で何か言ってから、今度はわたしに聞こえる声で言う。


「分かったわ。とりあえず保健室で何があったのかは聞かないで上げるわ。でも、だったら何であたしを呼んだの?」


「頼みごとあるから。無理なら諦めるけど」


 愛気ちゃんには彼のことを調べてもらいたい。愛気ちゃんはわたしにはできないことができるから、わたしにはわたしにしかできないとことをやるしかない。


「転校生のことならもう調べ始めているじゃない。それとも何かピンポイントで調べて欲しいことでもあるの?」


 彼があんな風になった原因は何にあるのだろう? 前の学校、両親、それとももっと他の何か? 駄目だ。まったく分からない。


 彼がさっき言った事を思い出す。その中に何かヒントがあるかもしれないから。


 あの時の事故と一緒に失った感情。そう言っていた。だから何か事故が関係しているのは分かるけどそれだけじゃあ分からない。


「彼が過去にあった事故について調べて欲しいんだけど」


 あいまいで不確かな頼みだけど、それでも愛気ちゃんは頷いて分かったと言ってくれた。


「つまり転校生個人の過去について調べればいいんだね。まあ如何にかしてみせるよ。期限はどれくらいまでに調べればいいの?」


「出来るだけ早くお願いできる?」


 彼のことが分からなければわたしは小説を書き始めることはできない。だから早ければ早い方がいい。


「わかった。じゃあさっそく調べ始めるけど、最後に一つだけ聞くけどあたしにできることはそれだけなの?」


「うん。それだけだよ。他のことはわたしがやらなきゃいけないことだから」


 他のことは誰かに頼らずにわたしがやらなきゃいけないことだから。愛気ちゃんにはこれ以上は頼れない。


「わかったわ。その代わりに本当に何かに困ったら、絶対にあたしを頼りなさいよ。後、一人で無茶だけはしないでね。この二つは約束だからね」


「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」


 本当に愛気ちゃんは心配性だな。


「そりゃあ心配もするわよ。あんた自分が文化祭の時にやったこと忘れたの? と言うかマジで忘れたの?」


「文化祭? ああ、去年の文化祭の事だよね。まあ確かに色々あったけどそんなに心配させるような事あったかな?」


 まあ去年の文化祭は色々あったけど楽しかったな。今年も参加できると言いけど、それに今回の問題を解決しないと。


「あれをまとめて色々と言えるあんたのことを心の底から尊敬するよ。でも本当に困ったらすぐに助けを求めなさいよ」


「心配してくれてありがとうね。本当にだ~~~い好きだよ」


 愛気ちゃんはそっぽを向いてさっさと教室に戻るわよと言って歩き始めてしまった。でもみ


 それから二日間は何も進展がなく過ぎた。そしてわたしが全てを知ったのは木曜日の放課後である。




 その日、わたしは放課後になってすぐに愛気ちゃんと一緒に病院に向かっていた。


「愛気ちゃん、一体何しに病院に行くの? わたし病院あんまり好きじゃないけど」


「そこに居るはずなのよ。たぶん転校生のことを全て知っている人がいるのよ」


「お見舞い?」


 だったら何か持って行った方がいいんじゃないのかな? 


「確かに入院している奴に会いに行くのは見舞いだけど、でも今回は目的が違うじゃない」


「そうだけど」


「確かあの病院は5時で面会時間終わりだから。たぶん見舞いの品を買いに行ったら話を聞く時間が無くなるわよ」


 しょうがないか。その人には悪いけど手ぶらで行くしかないか。


「それなら仕方ないね」


 二人で歩く。病院まで歩いて行く。そこに待っているのが全ての原因であり、辛い現実だとはまだわたしは知らなかった。


 愛気ちゃんに案内されてついたのは個室の病室。この中に居る。全てを知っている人が。


「それじゃあ、あたしの役目はここまで。下のロビーで待っているから。中の人と話が終わったら来て」


 愛気ちゃんはそれだけ言って下に降りて行こうとする。


「愛気ちゃんは中に入って知りたいとは思わないの?」


 振り返らずに言った。


「正直言って、調べている内に何が起きたのかはわかった。でも、それをあたしから聞くのと当事者から聞くのでは全く違うのよ。そしてこれはあたしの勘だけどあんたは当事者の彼女から聞いた方がいい」


 それだけ言い切って、下に降りてしまった。


 さっきの愛気ちゃんのモノ言いだとこの中に居る人は彼が関わった事故の当事者? 愛気ちゃんは何が起きたのか知っていた。それでもわたしには何も教えずにここに案内した。


「うだうだ考えても埒が明かないか。覚悟を決めるか、逃げ出すか。それしかないのだから」


 逃げ出して、愛気ちゃんから聞くのもありだけど。たぶん戻って聞いたら愛気ちゃんは教えてくれるだろう。


「でも、それじゃあ駄目だから。愛気ちゃんがここまで連れて来たってことはわたしはここで聞かなきゃいけない」


 覚悟を決めて、扉を横に引く。


「誰?」


 短い声が中にから聞こえる。聞こえてきた声は高くて可愛いらしい声だった。


「初めまして。わたしは山海未過に起きた事故のことをあなたに教えに貰いに来ました」


 中に入って、ベットの上に寝ている少女に話しかける。


「兄の事を聞きにきたんですか。あなたは何で知りたいんですか?」


 少女は上半身だけ身体を起こして、こちらを見てくる。その眼つきはどこか険しいモノがある。


「わたしは彼にあったことが知りたいから。わたしは彼に失った感情を取り戻して欲しいから」


 そう答えると少女の眼つきはさらに険しくなり、こっちを睨みつけているようになる。


「そんなこと出来る訳がない。あなたが誰なのか、兄とどう言う関係なのかは知りませんけど兄は感情を無くしたんです。それはどうやっても取り返しの無いモノ。私がどれだけ努力してもそれを戻してあげることは出来なかった」


 彼女もわたしと同じように彼に感情を取り戻して欲しかったんだ。そして彼女はそれが出来なかった。だから同じことをやろうとしているわたしのことを睨んでいるんだ。


 自分以外の誰かにそれが出来る訳がないと思っているから。


「あなたなんかに出来る訳がない。私に出来なかった事をあなたなんかに出来る訳がない」


「残念だけどわたしにはできる。ううん、できなくてもやってみせる。だから教えて欲しい。彼が何にあったのか」


「分かりました。そこまで言うのなら教えてあげるわ。もし全てを知った後でも同じことが言えたら、その時はあなたに兄を変えることを出来る可能性があると認めてもいいわ」


 そして彼女は話し始めた。報われない物語。誰もが幸せになれなかった物語りを。




 わたしは自宅のベットで横になっていた。彼女の話を聞いて正直かなり落ち込んでいるというか気が滅入っていた。


 彼女の話は想像以上に悲惨で悲劇的だった。


 おぼろな足取りで病室から出て、何とか愛気ちゃんの所まで戻って、ほとんど愛気ちゃんの肩を借りながら家まで辿り着いた。愛気ちゃんは何にも言わずに送って行ってくれた。


 どうすればいいのか分からない。全てを知った今だからこそわかる。彼が抱えていた問題はわたしの想像を絶していた。


 事実を知った上でわたしはどうすることもできないでいる。これ以上どうにもならない。どうすればわからない。


「わたしはどうしたらいいのかわからない。書き始めることができない」


 何とかベットから起き上がり、パソコンを起動させる。椅子に座ってタイプしようとするけど何を打っていいのかわからない。それでも書かなきゃいけない。


「だって、あんなに苦しそうな姿は見たくない」


 世の中は誰もが楽しめる世界ではない。そんな当たり前なことに気がついたのは何時のことだろうか。それを知った時わたしは絶望した。


 当たり前だけどそれでも悲しかった。


世界は残酷だ。努力が報われないこと、意味も無く人を傷つける、逃げようのない災害。そんな残酷なことが当たり前に起きる。何の前触れもなく、避けることもできなく、起きてしまう。


そんなこの世界がわたしは嫌いだった。だからわたしは小説を書き始めた。それを読んでいる人がせめて読んでいる間だけでも楽しめるように、辛い現実を忘れられるように。


 わたしがそうだったように小説を読んでいる間だけでも辛い現実を忘れられるように。


 思いっ切り両手を振り上げて、そのまま全力で机に叩きつける。


「わたしが変えてみせる。絶対に。辛い現実に呑まれた人たちを助け出したくて、わたしは小説を書き始めたんだから」


 痛みで手が痺れるけど、それでもさっきとは違う自然に手が動いて行く、何を書けばいいのか分かる。今書いているモノが正しい確証はないけど書き始める。


 その日からわたしはひたすら小説を書いた。寝る間を惜しんで、学校にもノ―パソを持って行って、授業には一切でないで部室でずっと一人で書き続けていた。


 愛気ちゃんもそんなわたしに何も言わなかった。それがとても嬉しかった。土日も部屋にこもってほとんどの時間を小説を書くことにあてた。


 書き上がったのは日曜日の深夜というか早朝。カーテンから薄明かりが漏れ出している。


「眠い。かなり眠い。この3日間ほとんど完徹なんだけど」


 何時もの登校時間まであと二時間程度。今寝たら夜まで寝れる気がする。せっかく書いたけど読んでもらえなかったら意味がない。


「シャワーでも浴びて眠気を少しでも取ろう」


 結局昨日はずっと書いていてお風呂にも入れなかったし、そう言えばご飯も食べ損ねた。なんだか宙を歩いているような足取りだ。


 それでも何とか階段を下りて、脱衣所について服を脱ぐ。この服も一昨日から着替えてない。脱いだ服を洗濯機の中に放り込んで、シャワーを浴びる。


 シャワーから出てきて、代えの服を持ってきていないことに気付いた。しょうがないのでバスタオルを巻いて、部屋まで戻って制服に着替える。


「さてとだいぶ眠気も取れたけど、寝る訳に行かないしどうするかな」


 時間はまだ十分にある。学校に行く準備をして、下に降りて朝食を一人で食べる。お母さんにメモを残して、家を出る。


 登校中にコンビニによってお昼を調達する。学校に着いたときはまだ始業に一時間近くあった。


 教室に到着すると、誰もいないと思っていた教室には一人だけ無表情で座っていた。


「おはよう、山海君。あなたは何時もこんなに早く来ているの?」


 首だけこちらに向けてくる。やはりその顔には表情が存在しない。


「おはよう。今日は君を待っていたからこんなに早く来たんだよ。金曜日は学校には来ていたみたいだけど逢えなかったらね。あと妹が世話になったみたいだね」


 抑揚のない声。これを聞くのももう終わりだ。わたしが、わたしの書いた小説が変えてみせる。


「妹さんからあなたのことを聞きました。あなたに起きた事故のことも聞きました。そしてこれがわたしが書いたあなたを変える小説です」


 シャワーを浴びている間にプリンターで印刷した小説を彼に渡す。


「読ませてもらいます。何処か静かに読める場所は無いですか?」


 わたしが書いた小説は始業までに読み切れる厚さではなかった。一人で静かに読みたいようだ。


「文芸部の部室をつかってください。どうぞカギです」


「どうもありがとうございます」


 彼はカギを受け取って教室を出て行った。それを見届けてから、わたしは寝た。


「後は待つだけだから」


 もうわたしにできることはない。後は待つしかない。そしてわたしの意識はなくなった。




「あんたいい加減おきなさいよ」


 誰かに身体を揺さぶられて、眼を覚ます。


「ふぇ? 愛気ちゃんもう授業をはじまるの?」


 ドカッ!!!  思いっ切り頭をグーで殴られた。


「アホ、もう昼休みが始まる時間だから起こしたんだよ」


 携帯を取り出して、見てみると確かに時計の時間が1時を指していた。うわー、そんなに寝ていたのか。と言うか良く先生にばれなかったな。


「先生も呆れて全員通り過ぎて行ったんだよ。まあそれにしてもよく寝てたわね。朝来た時からずっと寝てるんだもん、クラス中呆れて何も言えないわよ」


 そう言って愛気ちゃんはパンを食べ始める。隣の席には誰もいない。まだ読んでいるのか、それとも。


 お昼を食べて、午後の授業はちゃんと受けて、休み時間の間は金曜日の分と午前中の分のノートを写していた。


 そして放課後、わたしは一人で文芸部の部室に行った。愛気ちゃんも連いてくると言ったけど、それは断って一人でここまで来た。愛気ちゃんには他に頼みたいことがあるし、それにこれはわたしの役目だから。


 文芸部の扉を開ける。そこには彼が座っていた。顔は扉とは反対の方向に向けて座っている。私の位置では表情は見えない。


「読み終わった?」


「何とか読み切った」


「どうだった?」


 彼は何も言わずに黙っている。こちらを見ようともしない。それでも分かる。彼が何かを感じてくれることを。後、ひと押しで何かが変わる。そう信じていた。


 だからわたしは残りのひと押しを押す為に話し始めた。わたしが書いた小説の話を。彼の過去の話を。


「その小説の主人公には妹がいるわ。両親は共働きでつねに家を空けていることが多いわ。それだから兄妹(きょうだい)の絆は強いモノだわ。とても強いモノだったわ。でも、ある事故をきっかけにそれは壊れてしまう」


「黙れ」


 彼の声には今までとは違う何かが含まれ始めていた。だからわたしは彼の声を無視して話し続ける。


「ある日、兄妹は喧嘩をしてしまうの。喧嘩の原因自体は些細なモノだった。でもそれが原因で兄妹の仲は少しずつ変わっていってしまう。そして、とうとう決定的な出来事が起きてしまうの」


「それ以上何も喋るなァあああああ!!!!!」


「妹さんの自殺未遂」


 結果は未遂だったけど、妹さんは自宅のマンションから飛び降りた。本当に死ぬつもりで跳び下りた。それの影響で下半身マヒ。今のところは動く見込みはないらしい。


「そうだよ。妹は僕の所為で自殺した。ただでされ両親が壊れかけている中で僕まで妹を見離したらどうなるかくらい、すぐに思いつくべきだった。なのに、僕は妹を傷つけてしまった。全部僕の責任だ」


 彼はその時に感情を捨てたらしい。妹さんが傷付いて、両足を失ったのに。自分の所為で妹さんは失った。そう思ってしまった彼は自分も全て捨てた。感情も、夢も、何もかも捨てた。


「妹があれだけ傷付いたんだ。あれだけ失ったんだ。その原因を作った張本人が責任を取らなきゃいけないんだ。だから僕は何もかもを捨てたんだ」


 声色がまた抑揚のないモノになっていく。このままだと駄目だ。


「それが責任を取ることになるの! それじゃあ誰も報われない。それじゃあ誰も救われない」


「それでも僕にはこういうやり方でしか、責任を取れなかった。君が書いた小説の主人公のように誰もが幸せになるハッピーエンドなんて現実には起きない。どれだけ願ったとしても僕たちの世界は残酷だ」


 世界が残酷なのなんて知っている。それでもわたしは。


「その小説は本当にハッピーエンドだと思いますか?」


 静かにわたしは聞く。


「確かにわたしの書いた小説の終わりは兄妹は仲直りして、それで終わりでした。でもそれはハッピーエンドなんですか? 妹は結局一生車いす生活で、兄は一生その面倒を見る。誰も幸せになんてなっていない。たとえ当人は幸せでも、そんなのは幸せじゃない。ただの傷の舐め合いだ。そんなのハッピーエンドじゃない!!!」


「だったら、一体何がハッピーエンドなんだよ! この小説以上の結末があるとは僕には思えない! これ以上の結末が本当にあるのなら僕に見せてくれ! 本当のハッピーエンドを教えてくれ!!!」


 怒鳴るように言う彼に向かって、わたしは言い放つ。


「だったら見せてあげます。これが本当のハッピーエンドです」


 わたしには文才がない。所詮はたった一人を変える小説を書くこともできなかった。それでもたった一人を変えるきっかけを生みだす小説を書くことはできたようだ。


 後ろにある部室の扉を開ける。そして声が聞こえる。


「病院以外で逢うのは久しぶりだね。兄さん」


「………えッ。な、なんでお前が居るんだ!!!」


 妹さんは愛気ちゃんに学校に案内にされてここまで来た。愛気ちゃんには妹さんをここに連れてくるように頼んだ。本人はいないけど。どうやって、病院側の許可を取ったのはしらないけど。


「それで私をここに連れて来て、一体何をさせる気なの。事実を知っても諦めなかったあんたに敬意を払って一応来てあげたけど一体何をさせる気なの?」


 相変わらず、かなり険しい眼つきでこっちを睨みつけてくる妹さん。


「呼んだ理由なんて簡単だよ。これがわたしがみせるハッピーエンドです。小説の主人公たちも、現実のあなたたちも、会話が足りないんですよ。会話が。もっとバカみたいに本音をぶつけ合って、建前や世間体、人の眼なんて気にしないで思っていることを全部さらけ出してくださいよ」


 彼は相変わらずこっちを見ずに言う。


「そんなことの為に妹まで呼んだのか。僕はもう妹と話して、話して、話し尽くして、こうなったんだよ」


「違う。あなたたちはどうせ今まで相手のことを気にして、自分のことよりも相手のことを考えて話してきたんでしょ。だからこんなことになったんだよ。もっと自分だけのことを考えて自己中に生きていいんだよ! 何をためらっているの」


わたしは信じている。世界がどれだけ残酷で辛く苦しいものでも、そこに生きる人は違うって。だからわたしは賭けたんだ。この二人が本当のハッピーエンドを迎えたいと思っていることに。


もしもこの二人が現状維持を選んでしまえば、それでこの話は終わってしまう。でもそうでないと信じている。だって、誰もがハッピーエンドを迎えたいと思ってるから、バットエンドなんてクソ喰らえだ。


「私は兄さんにもう一度心から笑って欲しい。中途半端な仮面を被ったような笑いじゃなくて昔のような笑いを見せて欲しい。だって、兄さんが全てを捨てたのは責任を取る為じゃない。ましてや、私の為でも無い。 全部自分の為じゃない! 自分が責任を取る事で少しでも楽になりたかったから! そんなこと許さない!!!」


 唐突に妹さんの方がぶちギレた。大声で怒鳴り始めた。感情をさらけ出して、彼にぶつけ始めた。


「だったら! どうしろって言うんだよ!!! 他にどうしようもないんだよ! 楽になりたいんだよ。お前は許してくれない。それどころか、あのことについては何も言ってこない。俺を攻めるどころか、何も言わなかったじゃないか! だから僕が取れる唯一の責任の取り方だったんだ!!!」


 ずっとそっぽを向いていた彼もこちらを向いて妹さんの胸ぐらを掴むようにして、大声で怒鳴りつける。


「だから何で私がやったことで兄さんが責任を取るのよ!!! 馬鹿じゃない! 何で私をすぐに叱らなかったのよ! 馬鹿なことをするなって叱って欲しかった! なのに兄さんは勝手に一人で全部背負い込んで、馬鹿よ。いい加減にしてよ!!!」


 妹さんが彼の手を掴んで引き寄せて、頭突きをする。そのまま、二人は床に倒れ込む。妹さんが彼の上に馬乗りになり殴り続ける。


「何が叱って欲しいだ! 人にばっか甘えてきやがっていい加減にするのはお前の方だ! お俺だって辛いんだ! 苦しいんだよ! 誰かに悩みを聞いて欲しいときだってあるんだよ! 辛くて泣きたいときもあるんだよ!!!」


 妹さんを殴っている手を掴んで、逆に殴り返そうとする。


「それでも妹なんだから甘えさせてよ!!! たった一人の妹なんだから!!!」


 泣いていた。妹さんは泣いていた。ポロポロと涙をこぼしながら、大声で怒鳴っていた。それ見た山海君は拳を振れなくなっていた。


「ごめんな。今まで気づいてやれなくて」


 そう言って彼は妹さんを抱きとめて、そのままゆっくりと泣いていた。しばらくの間


 文芸部の狭い部室の中にはしばらくの間二人の兄妹の泣き声が響き渡った。


「これが君が言っていたハッピーエンドなのかい?」


 泣きやんだ彼は静かにこちらを見て聞いてきた。


「さあ、知らない。わたしが思うハッピーエンドはその後の人生も含めて誰もが幸せでないといけないから。残りはあなたたちの問題かな」


 わたしは泣き疲れて寝てしまった妹さんを車いすに戻しながら言った。


「でも暫定的にはハッピーエンドでしょ。ほら」


 手鏡を取り出して、彼にかざす。


「わたしが見たなかではなかなか良い顔をしていると思うよ」


 泣いて眼は腫れてはいたが、それでも彼の顔は笑っていた。


「そりゃあ、どうもありがとう。それじゃあ僕は妹を病院に送っていくから行きます。後、これ上げます」


 そう言って胸ポケットから二枚の封筒を取り出して、渡してくる。


「一枚目は君が処分してください。今の僕にはもう必要ないから。あと一枚目は約束のモノです」


 それだけ言うと彼は妹さんの車いすを押して、部室から出て行った。


 渡されたモノを見てみると一枚目には遺書と書かれていた。もう一枚には入部届けと書かれていた。どっちが処分するモノで約束のモノかはわかったけど両方ともポケットに仕舞って部室をわたしも出る。


「さてと職員室によってこれを出してから帰らないとじゃないと廃部だから」


 色々あったけど一応かたはついたのかな。結局、わたしは小説を書いただけだからな。他は当事者である二人が勝手に解決しただけ。


「まあいいや。早く帰って寝よ」


 さすがに徹夜は堪えるなあ。幾ら午前中寝たとはいってもまだ寝足りない。そしてわたしは若干浮き足気味で職員室に行き、顧問の先生に封筒を渡して自宅に帰った。


 もう一枚の封筒は中は見ずに破いてから自宅のゴミ箱に捨てた。


 


 次の日の放課後。


 わたしは金曜日のサボりと昨日の午前中の居眠りわんさか過大を出された。


「と言う訳で、新体制なってからの第一回の部活はこれをやります」


「あんたの課題はやらないわよ」「部長の課題はやりませんよ」


 開口一番で部員の二人に断られました。


「まあわからないことあったら教えますよ。部長」


「おなじく。でもあんたの力でやらなきゃ駄目だからね」


 二人ともそれだけ言うと本を読みだす。わたしも課題をやり始める。


こんなグダグダな感じだけどわたしが守った文芸部は今日も存続している。




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