プロローグ その魔術師と事件について
マイルス・オーウェン・リードは女である。
という事実は王宮内で広く知られているが、正体は秘匿されているようだ。
貴族社会では、秘密という言葉を辞書で調べたくなるような"秘密"が多く存在する。しかしリードの正体に関しては、正真正銘3人しか知らないらしい。
誰に聞いてもどこを調べてもわからない。
でなければ、俺の上司が金を取られるわけがない。
「ああああぁぁーーッ!!!また駄目だった!!」
夜、宿屋の食堂。そこに俺の上司であり騎士団長、ロルフ・ジーグフリート・ガスコインの絶叫が響き渡った。
夕飯時で騒がしかった食堂は一瞬しんとした。そして再びざわめきはじめる。
テーブルの上に積まれた金貨に、男の白い手が伸びる。
「あはっ!いいね、その調子で僕に研究費を貢いでくれよ!」
金貨をかき集めたのは魔術師団長、シオン・マクシミリアン・テオドール・フォン・アステール。長めの黒髪に縁取られた笑顔。目が合った。微笑まれた。胡散臭いことこの上ない。
そして魔術師団長の隣で静かにシチューを食べている男、いや女。
例の新人、マイルス・オーウェン・リード。
格上の人間に囲まれて、居心地が悪そうだ。だが、盛大に負けたガスコイン団長を面白そうに見ている。
体は魔術師らしく細い。身長は男の平均程度で、容姿も十人並。
銀髪を緩くまとめており、規定通りの制服を着ている。魔術師がよくやるように、アクセサリーに似せた魔道具をいくつか。
普通だ。
とても普通に見える。
「……」
身を乗り出してアステール殿が、俺ことオスカー・マルス・ヴィンセントに話しかけてくる。
「ねえねえ、オスカーくんもやるかい、"エム"の正体当て」
「M?」
「あぁ、ごめん。マイルスのことだよ……ね、やらないかい?」
隣の上司を見る。アステール殿を見る。きっぱり言う。
「やりません」
そう言うと、魔術師団長は美貌に残念そうな色を浮かべた。
「そっか、賢明だねぇ……」
いくら立場が違うと言えど、カモになるつもりはない。
テーブルに突っ伏していたガスコイン団長が、のっそり起き上がった。
かん、と。皿にスプーンを軽くぶつける。
食堂のざわめきが遠くなった気がした。
「聞いてるか、報告」
アステール殿が目を細める。
「魔術師消失の件かな?」
一瞬、リードが眉間に皺を寄せる。
俺も報告を受けていた。最近、魔術師の失踪が相次いでいると。
「どうも、物騒だね。共同任務になりそうかい?」
魔術師団長は軽く問う。
「近いうちにそうなるだろうな。だが今回は別だ」
次に口を開いたのはリードだった。
「……あの、公爵家直属の魔術師が消えたと聞きましたが」
なんだと?
そんな報告は聞いていない。
ガスコイン団長がリードを軽くにらんで、言う。
「ああ、その件だ。っとにおめえ情報早いな……シオン、お前の団員も気をつけとけよ」
アステール殿にも驚いた様子はなく、軽く頷く。
「ロルフに言われなくても、今日から防衛レベルを上げているよ」
「ムカつくなおめえ表出ろ」
魔術師団長は立ち上がり、先ほどの金貨を手のひらにだす。
「ではそろそろ解散にするかい?僕が払うよ」
「俺の金だろうが!!」
騒動を横目にリードが席を立つ。
そして、あまりにも普通に微笑んだ。
少し肌寒くなる笑みだった。
初投稿です。お読みいただき、ありがとうございました。




