ママの人生の教訓を貫いたら、幸せになりました
ショートな短編です
そう。私は誰にも愛された記憶がない。
父と母は政略結婚で、男爵家としての跡継ぎの男子を期待されて居たのに、娘が産まれ、両親ともに私への関心はない。
母は私が7歳の時に亡くなった。
葬式後すぐに父の愛人が屋敷に転がり込んできて、私の居場所は子供部屋から屋根裏部屋へと変わった。
身の回りのことを自分でしなければ、生きていけなかった。
屋敷で1番早く起き、朝食の準備を手伝う代わりに、ご飯を手に入れ、家の掃除と洗濯を手伝うついでに、自分の衣服も洗うことが出来た。
まさに働かざる者食うべからずである。
父と愛人の間に子供が出来た。
可愛い女の子だった。私にとっては、腹違いの妹になる彼女の名前は【リリス】。
私の名前?本当の名前はもう誰も呼ばないわ。
皆は私を【スス】と呼ぶ。
誰もやりたがらない暖炉の掃除や管理を、煤まみれになりながらやるうちに、そう呼ばれるようになった。
私からすれば、屋根裏を温かくする為には、暖炉の熾火でも有難かったから、率先してやっていただけだった。
人は私を不幸と呼ぶかもしれないけれど、生きていく為には逞しく、自立してなければ、いつでもここを追い出されてもいいようにしているだけ。
リリスはそれは、それは可愛いらしく、愛らしい子供に育っていった。
跡取りの息子ではなく、私と同じ女子なのに、父はリリスをとても可愛がっていた。
結局は、愛があれば男子でも女子でも良かったんだろうな。
―――愛の有無で全てを決まるのだと悟った。
今日も私は、調理に洗濯、暖炉掃除と、忙しく働いている。手は荒れてヒビ割れ、髪は煤でゴワゴワになっている。それでも毎日生きていく為に必要なのだ。
生前の母の時代の侍女もいなくなり、すっかり侍女が入れ替われば、誰も私が令嬢だったなんて、思いもしない。
今日も屋根裏で細々と生きていくの。
それから月日がたち、私は17才になる頃。
私は政略結婚することになった。
リリスのデビュタントにお金が必要なんだとか。
すっかり父から忘れさられて存在だと思っていたのに、厄介者が金銭になると考えついたみたいだ。
相手は最近羽振りのいい商会の息子だという。男爵家への資金援助の為に、結ばれたものだ。
嫁ぐ時に、初めて侍女服以外のものが用意され、初めて湯浴みをした。いつもは冷たい井戸水で身体を拭くだけだった。
煤を取り除くと、綺麗な母に似た金髪が現れた。自分でも本来に色を忘れていたので、驚いた。
嫁ぐ日には、鞄1つ分の荷物を持って、当然見送りもなく、私は生家を出ていった。
それでも屋根裏からでて、新しい生活が始まると思うと、胸が高鳴った。
嫁ぎ先に到着するも、そこにも愛はなかった。
分かっていた。政略結婚とは利益のためだもの。
少しガッカリしている自分に、胸の奥で自分で慰めの言葉をかける。
「俺には幼馴染の愛しいミリーがいる。お前との結婚は、男爵家の貴族の名前が欲しかっただけだ。仕方がなく結婚したんだ。俺から愛されるとは思うなよ」
「――承知しました」
――ああ、やっぱり愛の有無で決まるのね。
私は商家でも、愛し合う2人のもとで、一従業員として仕事だけをすることになった。
表舞台にはミリーが夫人として出ていき、私は倉庫で物品管理を任されていた。
それでも屋根裏での生活よりは、生活環境が良くなって、一般従業員達と同じように、狭いけどベッドとクローゼットがある一人部屋に住まわせて貰っている。
仕事中に書類上の夫と、ミリーが幸せそうに笑い合っているのが、目の端にうつる。
――私もいつか誰かの特別に…愛が欲しい
数年後、ミリーが懐妊し、跡取りの男子を産んだ。
その子を貴族の私の子供だということに承諾するよう、契約書にサインを命じられ、それと同時に出て行けと解雇された。
幸い、働いた分だけの給料も出ていたので、しばらく私一人暮らしていける分の預金はある。
何処に行って、何をすればいいのかしら……。
―――あぁ、初めての自由
自分で自分の好きに生きることができる。
そうだ、海が見えるところに行こう。
海は壮大で見える範囲の地の果てまで続くという。倉庫に出入りしていた取引先の人達がが話しているのを聞いたことがある。
そうして港町へ移り住んだのが、私が20歳の頃だった。
港町で職を探し、ある商会の事務で仕事をしていると、以前倉庫で海の話をしてくれた人に偶然出会った。
彼は遠くから1人で来た私を気にしてくれて、度々2人で御飯に誘ってくれた。
はじめて人から気遣いをうけ、優しくされた。
何回か2人で出かけた後に、彼から付き合って欲しいと言われ、戸惑った。
――彼は私の事を愛しているのかしら?
だって愛の有無で全ては決まる。
そして、私自身、愛ということが何なのかよく分かっていない。
彼のことは他の人とは違うというだけで、それが愛なのか分からない。
私は正直に全てを彼に話た。
男爵家のこと、商家へ嫁いだこと、港町でのこと。愛が大切なのは分かるが、愛が何なのか分からないこと……。
彼は、私の全てを受け入れてくれた。どんな私でもいいと。私の代わりに、大変だったねと泣いてくれる優しい人。
私の心のに温かいものを感じた。
―――ああ、これが愛なのかもしれない。
こうして私達は結婚し、今は2人でパン屋を開いている。
数年後、23歳になった私のお腹には1つの命が宿っている。
生まれたのは、可愛らしい女の子だった。
名前は【マリアンヌ】と名付けた。
愛称の【マリー】と呼ばれる娘は、パン屋の看板娘だ。
私は娘に【愛が全てを決める】ことを、小さな頃からの言い聞かせた。愛の大切さを、愛の有無で物事が決まることがあるということも。
15才になった娘は、ピンクのふわふわの髪をツインテールにし、明るく天真爛漫な子に育った。
そんなある日、パン屋に1人の役人が尋ねてきた。
マリーを男爵家の跡継ぎにするというものだった。
何でも、リリスが男爵家を継いで居たが、リリス夫妻と子供が乗った馬車が事故にあい、全員亡くなってしまったそうだ。
男爵家の跡継ぎ問題になり、私の存在が浮き彫りになった。
急いで、嫁ぎ先の商会に問い合わせるも、私の子供として登録していた男子は、私の血が入っていないことがわかり、貴族詐称罪として問題となった。
そこから私の足取りを辿るのに苦労したそうだ。
やっとの思いで辿り着いた港町で、私の事を見つけ、マリアンヌのことも調べ上げたそうだ。
マリランヌなら、今から行えば男爵家の跡継ぎになる教育が間に合うと判断し、マリアンヌを引き取られせて欲しいという内容だった。
それは、貴族から平民になった私への命令でもあった。……断れない、断ることが出来ない。
――愛だけじゃ守れないものがある。身分も必要なのだと、私は学んだ。
私は泣く泣く、世界で1番愛しているマリアンヌの別れの時に、これだけは覚えておいてと託した言葉がある。
「愛の有無で全ては決まるの…愛を大切にするのよ。そして、みんなに愛されるのよ。どうしてもの時は、身分がものを言う時があるわ。自分の身分を上げる努力をなさい」
「ええ。分かったわ、ママ。愛してる……」
ギュッっと抱きしめあった。
マリアンヌは王都にある貴族の学園に入学したらしい。
マリアンヌから近況の手紙が届く。
貴族の作法やマナーは難しいけど、頑張って覚えようとしていること。
学園の生徒会長の王子様が、分からないことを優しく教えてくれて、色々助けてくれること。
他の生徒会のメンバーとも仲良くなって楽しく学園生活を送っていること。
お忍びで王子様と街に買物に出かけて、庶民の生活を案内したこと。
ママのパンが恋しいこと……。
大変なこともあるけど、【ママの教え】を忘れずに生きていること。
楽しそうな日々に、安堵を覚える。
マリアンヌが家を出て、3年後の今日。
王子様の使いの者がパン屋を訪れた。
――王子様って、本物の王子様だったなんて…。
マリアンヌの手紙に出てくる王子様は、マリアンヌが好きな男子のことを揶揄してるかと思っていた。
使いの者から説明を受ける。
マリアンヌは第二王子の婚約者となって、学園の卒業とともに王城へあがることになっている。
御両親に一度、王城まで来訪を…とのことだった。
頭が真っ白になるのと同時に、やはり愛と身分の有無で全てが決まることを実感した。
「ママ!!パパ!!」
案内された豪華な部屋に、すっかり大人っぽくなり、綺麗に着飾った娘のマリアンヌがいた。
「マリー!!」
私達はギューっと抱きしめあった。
マリーのたっての希望で、久しぶりの再会の場が設けられた。気を利かせてくれたのか、部屋には今は私達親子3人だけだ。
「ママ。私、愛を大切に過ごしたの。そしたら王子様と結婚するのよ!全部ママの言う通りだったわ!愛と身分が世界の全てだった」
「ええ、愛と身分さへあれば……何でも出来るわ。マリー、貴方は幸せ?」
「ええ、愛されてるわ。今、幸せよ。ありがとう、ママ!!」
幸せそうに笑う娘をみて、やはり確信する。
――人生の教訓を大切にすることは大切だ。
お読み頂きありがとう御座います。
ヒロインがどうして【愛さへあれば、身分を手に入れ、幸せになれる】に辿り着くのか、それは母の人生からのアドバイスだったから。っていう設定の話です。




