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異世界でスパイになった俺、どの国にも味方せず暗躍していたら戦争の引き金を全部握っていた  作者: 桜庭ユウト


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第8話:疑う者の視線

 私は、あの人を信用していない。


 これは事実だ。

 そして、同時に——私自身が一番よく分かっている。


 それでも、目で追ってしまう。


 城の回廊を歩く彼の背中は、騎士でも貴族でもない。

 堂々としているわけでも、卑屈なわけでもない。

 ただ、“場に合わせている”。


 それが、ひどく不気味だった。


 人は立場によって、歩き方が変わる。

 王の前では王の前の歩き方をする。

 宰相の前では、宰相の前の歩き方をする。


 だが、彼は違う。

 誰の前でも、歩調が変わらない。


 ——つまり、誰にも属していない。


「リュシア」


 呼ばれて、はっとする。

 いつの間にか、彼の横に並んでいた。


「何か考え事か」

「……あなたのことを」


 嘘をつく理由はなかった。

 正直に言うと、彼は少しだけ眉を上げた。


「物好きだな」

「危険人物ですから」


 彼は否定しなかった。

 そこが、また腹立たしい。


 貴族の件が片付いてから、城の空気は落ち着いている。

 表向きは。

 だが、内部の人間は皆、どこか噛み合っていない。


 成果は出た。

 血も流れていない。

 それなのに、胸がざわつく。


 ——理由は分かっている。


 処理の仕方だ。


「貴族の処遇、知っていますか」


 私は歩きながら、そう尋ねた。


「知らない」

「興味は?」

「ない」


 即答だった。


「……本当に?」

「知れば、口を出したくなる」

「それが、いけない?」


 彼は足を止め、私を見た。


「立場を持たない人間が、結果に責任を持つのは危険だ」

「責任を持たないなら、何のために動くんですか」


 少し、感情が混じった。

 自覚している。


 彼は、少しだけ考えてから言った。


「結果を“減らす”ためだ」


 意味を噛み砕くのに、時間がかかった。


「救う、ではなく?」

「救うという言葉は、都合がいい」

「……冷たいですね」


「違う」


 彼は静かに言った。


「救えない前提で考えるから、救える数が増える」


 その言葉は、理屈としては理解できた。

 だが、感情が追いつかない。


 城の中庭を抜ける。

 子供たちの笑い声が聞こえる。

 平和な光景だ。


 私は思わず口にした。


「この国は、平和です」

「今はな」


 即答だった。


「どうして、そう言い切れるんです」

「平和な国は、疑わない」

「疑うことが、悪だと教えられている」


 胸が、少しだけ痛んだ。


 それは、この国の価値観そのものだ。


「あなたは、誰も信じていないんですね」


 確信を込めて言う。


「そうだ」

「それでも、ここにいる」

「必要だからだ」


「誰にとって」

「今は、この国にとって」


 “今は”。


 その一言が、引っかかった。


「……いつかは?」


 彼は答えなかった。

 だが、その沈黙が、答えだった。


 私は歩きながら、彼を観察する。


 嘘はついている。

 隠していることも多い。

 それなのに、悪意は感じない。


 不思議な矛盾。


「あなたは、裏切る覚悟がありますね」


 言葉にした瞬間、空気が変わった。


 彼は立ち止まり、ゆっくりと私を見た。

 怒ってはいない。

 だが、警戒している。


「なぜ、そう思う」

「……目が」


 私は自分の胸に手を当てた。


「裏切られる側の目じゃない」

「裏切る側の目をしている」


 彼は、しばらく黙っていた。


 そして、小さく息を吐いた。


「鋭いな」

「否定しないんですか」

「否定すると、余計に疑うだろう」


 その通りだ。


「だが、覚えておけ」


 彼は低い声で言った。


「裏切る覚悟がある人間は、無差別には裏切らない」

「……それは、信用していい言葉ですか」

「信用するな」


 即答だった。


「疑え」

「疑い続けろ」

「そうすれば、俺は危険なことをしづらくなる」


 それは、責任の押し付けでもあり、

 同時に、信頼の形でもあった。


 私は息を呑んだ。


「あなたは……」


 言葉が、続かなかった。


 彼は歩き出す。

 いつもの歩調で。


 私は、その背中を見ながら思う。


 この人は、誰も信じていない。

 だが——


 誰も、見捨てていない。


 それが、いちばん厄介で、

 いちばん危険な存在だ。


 疑い続けなければならない。

 でも、目を離してはいけない。


 それが、私の役割なのだと、

 なぜか、直感していた。


(つづく)


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