第7話:王との距離
王城は、王都の中心にあった。
高く、白く、よく整えられている。
だが近づいて分かるのは、その防御の“古さ”だった。
構造は堅牢だが、発想が更新されていない。
——守っているのは、外敵だけだ。
謁見の間は静かだった。
広い空間に、必要最低限の人員。
緊張感はあるが、切迫感はない。
王は玉座に座っていた。
アルベルト三世。
穏やかな顔立ち。
年相応の疲労はあるが、目は曇っていない。
——善良な王だ。
「よく来てくれた、コウ殿」
声も柔らかい。
人の話を聞く声だ。
「貴族の件、宰相から報告は受けている」
「はい」
俺は一礼した。
形式を守る。
王の前では、余計な主張は逆効果だ。
「被害が出なかったと聞いた。感謝する」
「結果論です」
俺は正直に答えた。
功績を誇る必要はない。
王は小さく笑った。
「宰相は、君を高く評価している」
「光栄です」
そのやり取りの間、宰相ヴァルターは王の一歩後ろに立っていた。
控えめな位置。
だが、視線は常に王の横だ。
——補佐ではない。
監督だ。
「今回の件で、分かったことがある」
俺は一歩、前に出た。
王の目を見る。
「情報は、早ければ早いほどいい」
「うむ」
王は素直に頷いた。
「現状、情報は宰相殿に集約されている」
「それは効率的では?」
宰相が、穏やかに口を挟む。
反論ではない。
補足だ。
「平時であれば、そうです」
俺は続けた。
「しかし、有事では遅れが致命傷になる」
王は少し考え込んだ。
「君の言う通りだな」
「ですので、緊急時には——」
「その点は、私が調整しよう」
宰相が、自然に言葉を継いだ。
「王の負担を増やすわけにはいかない」
「だが——」
「現場判断は重要だ。だが統制も必要です」
宰相の声は柔らかい。
否定ではない。
“守る”口調だ。
王は二人を見比べ、やがて頷いた。
「宰相の言う通りだな。任せよう」
決着。
話は終わった。
いや、終わらされた。
俺はそれ以上、何も言わなかった。
ここで食い下がれば、立場が悪くなる。
謁見が終わり、廊下に出る。
リュシアが待っていた。
表情は硬い。
「どうでしたか」
「善王だ」
それは本心だ。
「……それだけですか」
「それだけで、十分問題だ」
彼女は一瞬、言葉に詰まった。
「王は、判断をしない」
「宰相がしている」
「ええ」
「それが、この国の形だ」
リュシアは黙り込んだ。
否定しない。
——気づいている。
「あなたは、どうするつもりですか」
問いは、真っ直ぐだった。
「俺は、情報を集める」
「それを、宰相に渡す?」
「基本的にはな」
彼女は唇を噛んだ。
「……それで、いいんですか」
「いいか悪いかは、俺が決めることじゃない」
俺は足を止め、彼女を見る。
「だが、危ないかどうかは分かる」
「……危ない?」
「この国は、優しすぎる」
彼女の目が揺れた。
「優しさは、統治に向かない」
残酷だが、事実だ。
城の外に出ると、空はよく晴れていた。
平和そのものだ。
——だからこそ、脆い。
俺は心の中で整理する。
王は象徴。
宰相は実務。
情報は一本化。
判断は遅延。
構造として、綺麗すぎる。
そして、折れやすい。
次に何かが起きた時、
この国は必ず“誰か一人”に責任を押し付ける。
——その席は、もう決まっている。
俺は歩きながら、静かに息を吐いた。
この国は、
守る価値がある。
だが同時に、
守り方を間違えている。
その矛盾を、
誰が、いつ、どう利用するか。
答えは、もう近い。
(つづく)




