第6話:戦わずに勝つ方法
貴族の屋敷というのは、だいたい分かりやすい。
金がある。
権威がある。
そして、油断している。
夜の王都は静かだった。
街灯代わりの魔導灯が一定間隔で灯り、通りをぼんやり照らしている。
警備はいるが、形式的だ。侵入者より、体裁を気にしている配置。
俺は屋敷の塀の影に立ち、少しだけ待った。
時間を見る。
——ちょうどいい。
使用人が裏口から出てくる時間帯だ。
酒瓶を抱え、足取りは重い。
気が緩む瞬間。
俺は物音を立てず、背後に立った。
「……っ!?」
口を塞ぎ、耳元で囁く。
「声を出すな。殺しはしない」
心臓の鼓動が伝わってくる。
速い。だが、抵抗はしない。
訓練された兵ではない。
俺は数秒で離れ、闇に紛れた。
触れたのは一瞬。
だが十分だ。
屋敷の中に入る方法は、いくらでもある。
だが今回は、正面突破だ。
門番の前に、俺は堂々と姿を見せた。
「急用だ。主に会いたい」
「名は?」
「宰相殿の名で来た」
嘘だが、色のつかない嘘だ。
門番は一瞬迷い、屋敷の中へ走った。
——この時点で、もう勝負は始まっている。
貴族は焦る。
なぜなら、後ろめたいことがあるからだ。
応接間に通されるまで、五分。
普段なら十分以上かかるはずだ。
現れた男は、肥え太った中年だった。
装飾過多の服。
落ち着かない視線。
「……宰相殿から、何の用だ」
「確認だ」
俺は単刀直入に言った。
「帝国との繋がりについて」
「ば、馬鹿な! 何の証拠があって!」
声が裏返る。
否定が早すぎる。
俺は椅子に腰掛け、足を組んだ。
「証拠はない」
「なら——」
「ただし」
一拍。
「あなたの屋敷から、帝国式の暗号文が出入りしている」
これは半分だけ本当だ。
帝国式“に似た”符号。
情報屋ミラから得た断片。
男の顔色が、目に見えて変わった。
「そ、それは……」
「言い訳は要らない」
俺は懐から一通の封書を出した。
中身は、白紙。
「これは何だと思う」
「……書簡?」
「違う」
俺は封書を机に置いた。
「あなたが、次に帝国へ送る予定だった“返事”だ」
沈黙。
男の喉が鳴る。
「誰が、誰に漏らしたと思う?」
答えを言わせない。
考えさせる。
人は、追い詰められると“裏切り者”を探す。
それが事実かどうかは関係ない。
「……ミラか?」
来た。
俺は内心で頷く。
だが、顔には出さない。
「名前は出していない」
「だが、今あなたが出した」
男は愕然とした。
自分で、答えを確定させたことに気づいたのだ。
「選択肢は二つある」
俺は静かに言った。
「ここで全てを白状し、王国に命乞いする」
「あるいは」
「帝国に切り捨てられる前に、利用される」
「……利用?」
「そうだ。あなたはもう信用されていない」
「な、なぜ——」
「情報が、遅れて通知された」
事実だ。
だが、理由は違う。
男は椅子に崩れ落ちた。
「……私は、ただ……」
「生き残りたかった?」
その一言で、男は黙った。
それが、答えだった。
結局、男は全てを話した。
金の流れ。
密会の日時。
帝国側の連絡役。
俺は淡々と聞き、必要な部分だけを記憶する。
帰り際、男は縋るように言った。
「助かるのか……?」
「それは、あなた次第だ」
嘘ではない。
俺は裁定権を持っていない。
屋敷を出た時、夜風が冷たかった。
戦っていない。
血も流していない。
だが、勝敗は決した。
これが、諜報の勝ち方だ。
翌朝。
宰相の執務室で、俺は報告をした。
簡潔に。
余計な感情を挟まずに。
「見事だ」
ヴァルターは満足そうに頷いた。
「やはり、君は使える」
「貴族の処遇は?」
「こちらで決める」
即答。
詳細は言わない。
俺はそれ以上、踏み込まなかった。
——ここで踏み込むと、立場が変わる。
執務室を出た廊下で、リュシアとすれ違った。
「終わったんですね」
「ああ」
「被害は?」
「出ていない」
彼女は、ほっとしたように息を吐いた。
その反応で分かる。
彼女は、結果を気にしている。
過程よりも。
「戦ったんですか」
「いいや」
俺は立ち止まり、言った。
「戦う前に終わらせた」
リュシアは、俺を見つめた。
「……あなたは、本当に怖い人ですね」
「そうか」
「剣も魔法も使わないのに、人を壊す」
否定はしない。
「だが、人は壊れていた」
「私は……」
彼女は言葉を探している。
俺は続けた。
「壊れているものを、早く倒しただけだ」
それが、俺の仕事だ。
だが同時に、確信していた。
この件は、まだ終わっていない。
なぜなら——
“誰がどう処理したか”を、
俺は知らされていないからだ。
情報は、また一段、上で止まった。
——宰相のところで。
(つづく)
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