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異世界でスパイになった俺、どの国にも味方せず暗躍していたら戦争の引き金を全部握っていた  作者: 桜庭ユウト


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第5話:金で買える忠誠

 情報屋の店は、王都の裏側にあった。


 裏通りを三つ抜け、酒と香辛料と排泄物の匂いが混じる一角。

 看板はない。代わりに、扉の横に小さな印が刻まれている。

 知らない者には落書きにしか見えないが、知っている者には“入口”だ。


 俺は迷わず扉を叩いた。


 決められた回数。

 決められた間。


 少し遅れて、内側から鍵が外れる音がした。


「……誰?」


 扉の隙間から覗いたのは、若い女だった。

 赤茶色の髪。細い体。だが目は鋭い。

 生き延びてきた人間の目だ。


「仕事の話だ」

「その言い方、嫌いなんだけど」


 そう言いながらも、女は扉を開いた。

 拒絶する気はない。


 店の中は薄暗く、香が焚かれている。

 盗聴防止だろう。安物だが、やらないよりはマシだ。


「座って」

「立ったままでいい」


 俺は部屋全体を一瞥する。

 逃げ道は一つ。窓は小さい。だが隣の建物が近い。

 彼女は、追い詰められる前提で店を作っている。


「珍しい客ね」

 女は腕を組んだ。

「あたしの名前、知ってる?」


「ミラ」

「正解」


 警戒が一段下がる。

 名前を知っている=最低限の下調べをしてきた。


「で、あんたは?」

「コウ」

「……偽名?」

「たぶんな」


 ミラは鼻で笑った。


「正直で助かるわ。嘘つきは嫌いだけど、嘘を隠す奴はもっと嫌い」

「じゃあ相性は悪くない」

「仕事の話って言ったわよね」


 俺は懐から小さな袋を取り出し、机の上に置いた。

 中身は金貨。

 多すぎず、少なすぎず。


 ミラの視線が、一瞬だけ袋に落ちる。

 ほんの一瞬。

 だが、見逃さない。


「調べたい貴族がいる」

「名前は?」

「まずは動きだけでいい」


 俺は紙に一つだけ名前を書いた。

 宰相から渡されたものだ。


 ミラは紙を見て、眉を上げた。


「……ああ」

「知ってるか」

「まあね。怪しくないって言えば嘘になる」


 即答しない。

 だが否定もしない。


「帝国と?」

「噂はある」


 噂。

 裏社会の言葉で、それは“半分は本当”を意味する。


「どこまで知ってる」

「知ってる分だけ」

「金で」

「当然」


 ミラは椅子に座り、足を組んだ。


「言っとくけど、あたしは誰の味方もしない」

「期待してない」

「金と安全、それだけ」


 彼女はそう言って、俺を見た。


「長生きしたいのよ。あたしは」


 本音だ。

 だから信用できる。


「帝国とも取引してる?」

「……さあ?」


 否定しない。

 それだけで十分だ。


 俺は頷いた。


「構わない」

「え?」


「どこから情報を取ろうが、気にしない」

「ずいぶん寛大ね」

「全部は要らない」


 ミラの目が、わずかに細くなる。


「どういう意味?」

「必要なのは“確認”だ」


 俺は言葉を選んだ。


「誰が、どこで、いつ動いたか。それだけでいい」

「理由は?」

「理由は俺が決める」


 彼女はしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。


「変な客」

「よく言われる」

「……まあいいわ。動いてみる」


 俺は袋をもう一つ、机に置いた。

 最初より少し少ない。


「前金だ」

「残りは?」

「生き残れたら」


 ミラは笑った。

 乾いた笑いだ。


「嫌いじゃないわ、そういうの」


 俺は立ち上がり、出口へ向かう。


「一つ忠告しておく」

「何?」


「裏切るなら、早めに」

「……は?」


 俺は振り返らずに言った。


「遅い裏切りは、命取りだ」


 背後で、ミラが息を呑む気配がした。


 扉を出て、裏通りの空気を吸う。


 情報屋は裏切る。

 それが仕事だからだ。


 問題は、

 “どこまで”裏切るか。


 だから俺は、渡す情報を分ける。

 重要な部分は伏せる。

 確認用の餌だけを撒く。


 裏切りは、検知するための装置だ。


 王都の喧騒が遠くに聞こえる。


 宰相。

 情報屋。

 帝国。


 盤面は、静かに動き始めている。


 ——そして今のところ、

 予定外の駒は、まだない。


(つづく)


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