第4話:最初の仕事
宰相ヴァルター・グレイヴと初めて顔を合わせたのは、その日の午後だった。
王都の中心から少し離れた、重厚な石造りの建物。
装飾は控えめだが、使われている素材は明らかに上質だ。
権威を誇示するというより、「ここが中枢だ」と静かに示す造り。
案内された執務室は、広すぎず、狭すぎず。
机の上には書類が整然と積まれ、余計な私物は見当たらない。
——几帳面。
——管理型。
——そして、情報を“溜め込む”タイプ。
「初めまして」
そう言って立ち上がった男は、初老と言っていい年齢だった。
白髪交じりだが背筋は伸び、視線は鋭い。
武人ではない。だが、弱くもない。
「王国宰相、ヴァルター・グレイヴだ」
「コウと申します」
俺は軽く頭を下げた。
深すぎず、浅すぎず。
相手の地位を認めつつ、媚びない角度。
「話は聞いているよ。森で見つかった旅人、だそうだね」
「そういう扱いになっています」
宰相は小さく笑った。
表情は柔らかいが、目は笑っていない。
「記憶喪失だとも」
「ええ」
「だが、判断力は失っていない」
探るような言い方だ。
否定もしないし、肯定もしない。
「運が良かっただけです」
「運もまた、才能の一つだ」
そう言って、宰相は椅子に腰掛けた。
俺にも座るよう促す。
対等に見せるための演出だ。
「単刀直入に言おう」
宰相は机の上の書類を一枚、こちらに滑らせた。
「君に、少し仕事を頼みたい」
俺は書類に目を落とす。
内容は簡潔だった。
貴族の名前。
領地。
最近の動向。
帝国との関係を疑う旨。
——裏の仕事だ。
「調査、ですか」
「そうだ。表向きではない」
宰相は声を落とした。
だが、秘密を共有する者の声色ではない。
命令に近い。
「理由を聞いても?」
「直感だ」
即答。
そして、その後に続く言葉。
「国家を預かる立場になるとね。
数字や報告書より、“違和感”の方が役に立つことがある」
嘘ではない。
だが、全ても言っていない。
俺は一瞬、黙った。
即答しない。
考える時間を“演出”する。
「引き受ける条件は」
「ほう」
宰相の目が、わずかに細くなる。
「調査結果は、私から直接あなたに報告する」
「当然だろう」
「王には?」
ほんの一拍。
宰相は、自然に答えた。
「私がまとめて伝える」
来た。
魔法検査と同じ構図。
情報は必ず、彼を通る。
「分かりました」
俺は頷いた。
「その条件で引き受けます」
宰相は満足そうに微笑んだ。
「助かるよ。君のような者は貴重だ」
「光栄です」
「国家のために、力を貸してくれ」
国家のため。
便利な言葉だ。
意味が広すぎて、何でも含められる。
執務室を出ると、リュシアが廊下で待っていた。
「終わりましたか」
「ああ」
「随分、早かったですね」
彼女は探るように俺を見る。
「簡単な仕事だ」
「簡単、ですか」
リュシアは納得していない。
当然だ。
「何を調べるんです」
「貴族の動き」
「……帝国絡みですか」
鋭い。
「可能性はな」
「危険では?」
俺は足を止め、彼女を見る。
「危険じゃない仕事は、信用できない」
彼女は苦笑した。
「あなた、本当に変わっています」
「そう言われるうちは安全だ」
歩きながら、俺は頭の中で整理する。
この仕事は、試験だ。
俺の能力を見るための。
同時に、俺が“どこまで従うか”を見るための。
だが、それだけじゃない。
宰相は、自分の違和感を俺に預けた。
つまり、失敗した時の責任も。
——使い捨ての駒にするつもりだ。
悪くない。
それなら、それで。
使われるなら、使い返すだけだ。
王都の裏通りに入り、情報屋の店を思い浮かべる。
金で忠誠を買う女。
安全の匂いがする女。
次に会うべきは、彼女だ。
俺は小さく笑った。
最初の仕事にしては、
なかなか分かりやすい罠を用意してくれたものだ。
問題はただ一つ。
この仕事で、
“誰が本当に裏切っているか”を
どこまで暴くか。
——それを決めるのは、俺だ。
(つづく)




