第35話:信用されない男
数年が経った。
王国と帝国は、まだ対峙している。
灰の都市は、相変わらず中立を名乗っている。
小さな衝突は、時折起きる。
だが——
全面戦争は起きていない。
歴史書には、こう記されている。
『均衡を乱した影の男は、国境紛争で死亡。
その後、各国は直接対話を強化した』
簡潔で、都合のいい物語だ。
ヴァルター・グレイヴは、老いた。
だが、時折思い出す。
あの男は、本当に暴走したのか。
ユリア=フェルドは、戦略局の中枢にいる。
彼女は理解している。
均衡は壊れていない。
誰かが、どこかで微調整している。
灰の都市。
セレインは、契約書に目を通しながら、ふと空を見る。
「存在しない資産は、最も扱いにくい」
誰も、口には出さない。
だが、全員が知っている。
均衡は、自然発生しない。
どこかに、手がある。
名もない街。
朝の市場は、静かに賑わっている。
俺は、果物を選びながら、噂話を聞いていた。
「国境でまた揉めたらしい」
「でも、すぐ収まったってさ」
「大きな戦は、もう起きないだろうな」
人々は、そう信じている。
信じられる世界は、悪くない。
宿に戻り、地図を広げる。
小さな印が、いくつもついている。
未然に止めた衝突。
すり替えた情報。
ずらした兵站。
誰も知らない。
知らなくていい。
リュシアは、王国で働いていると聞いた。
マルクスは、昇進したらしい。
ミラは、どこかで生きている。
俺は、誰とも会わない。
信用されないと決めた。
なら、感謝も要らない。
窓の外で、子どもが笑っている。
戦争を知らない世代だ。
それでいい。
机の端に、古い外套がかかっている。
もう着ない。
影ですらない。
ただの、存在しない調整。
世界は、完璧ではない。
均衡も、脆い。
だが。
壊れかけたら、また直せばいい。
信用されないままでいい。
裏切られなくて済む。
守られなくて済む。
そして——
世界は、少しだけ静かだ。
それで、十分だ。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、「信用されないこと」に価値はあるのか、という問いから始まりました。
信じない主人公。
守られない立場。
どこにも属さない選択。
派手な英雄譚ではありませんでしたが、
それでも最後まで追いかけてくださった読者の皆さまには、感謝しかありません。
均衡は、守れば終わるものではなく、
壊れ続ける世界を、作り直し続けることなのだと思います。
彼の名前は歴史に残らないでしょう。
ですが、もしどこかで戦争が回避されたなら、
それはきっと、誰かが静かに調整した結果なのかもしれません。
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とても励みになりました。
またどこかでお会いできれば幸いです。
本当にありがとうございました。




