第33話:信用しない者たち
人は、信じたいものを信じる。
そして、疑いたいものを疑う。
俺が黒幕だという物語は、
実に分かりやすかった。
均衡を保ってきた男。
どこの国にも属さない影。
戦争のたびに現れる調整者。
——なら、壊したのも彼だ。
簡単だ。
王都。
ヴァルター・グレイヴは、報告書を読み終えた。
「世論は?」
「彼を疑う声が増えています」
「擁護は?」
「少数です」
当然だ。
信用されていない男は、
守られない。
「……拘束命令は出さない」
「ですが」
「必要ない」
距離を置くだけでいい。
帝国。
ユリア=フェルドは、静かに言った。
「物語は定着した」
「彼は、均衡を壊した存在」
副官が問う。
「暗殺は?」
「不要」
彼女は首を振る。
「疑われ続ける存在は、自壊する」
灰の都市。
商会は、取引記録を洗い直し、
彼の名を削除し始めた。
セレインは、短く命じる。
「彼は、都市の外の問題」
「関与しない」
切られた。
完全に。
夜。
俺は、薄暗い部屋で地図を見ていた。
リュシアが、沈黙を破る。
「……あなたは、怒らないんですね」
「なぜ」
「裏切られました」
俺は、首を振る。
「裏切りは、信じてから起きる」
「俺は、信じていない」
彼女は、拳を握る。
「それでも」
「あなたは、守ってきた」
守った。
だが、感謝は求めていない。
「信用されないと決めたのは、俺だ」
「なら、守られないのも当然だ」
マルクスが、静かに言った。
「それで終わりか」
「いいや」
俺は、立ち上がる。
「これで、自由になった」
三勢力すべてが、俺を切った。
つまり。
「誰の許可もいらない」
リュシアが、息を呑む。
「何をするつもりですか」
「消える」
部屋の空気が、止まる。
「本当に……?」
「物理的には生きる」
だが。
「公式には、死ぬ」
黒幕は死んだ。
均衡装置は消えた。
問題は終わった。
——そういう物語にする。
「そんなことが……」
「できる」
俺は、淡々と言った。
「三勢力は、俺を切った」
「なら、死んだことにしても困らない」
マルクスが、低く問う。
「その後は?」
「名を持たない」
影ですらない。
「存在しない存在になる」
リュシアの声が、震える。
「それは、孤独です」
「違う」
俺は、静かに言った。
「選択だ」
信用しない。
守られない。
名も持たない。
それでも。
「戦争が起きないなら、それでいい」
窓の外で、雷鳴が鳴る。
物語は、もう完成している。
黒幕は、影の男。
均衡を壊した存在。
責任を負い、消える。
なら。
「その役目を、引き受ける」
リュシアが、目を閉じる。
「私は……」
「同行するな」
即答だった。
「あなたを守れません」
「守らなくていい」
沈黙。
やがて、彼女は頷く。
「……分かりました」
「あなたは、最初から」
小さく、笑う。
「信用されない男でした」
その通りだ。
信用されないからこそ、
裏切られない。
守られないからこそ、
自由だ。
嵐が、始まる。
明日、俺は死ぬ。
そして——
世界は、少しだけ静かになる。
(つづく)
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