第3話:魔法より信用できないもの
魔法の検査だと聞かされた時、俺は内心で少しだけ安心した。
未知の世界で未知の力を使われるのは厄介だが、逆に言えば「彼らは魔法に頼る」ということでもある。道具に頼る者は、道具の限界を超えた思考を持たない。
通されたのは、王都の奥にある白い石造りの建物だった。
外見は神殿に近いが、内部は無機質だ。装飾が少なく、床には幾何学的な紋様が刻まれている。儀式というより、作業場に近い。
「ここで検査を行います」
リュシアがそう告げる。
彼女は今日も淡々としているが、視線はいつも以上に鋭かった。
室内には三人の魔法士がいた。
全員、年配。白髪混じり。若い者はいない。
つまり、この国で「信頼されている層」だ。
「座ってください」
指示に従い、中央の椅子に腰掛ける。
逃げようと思えば逃げられる配置だが、彼らはそれを想定していない。
魔法があるからだ。
一人の魔法士が、俺の前に小さな水晶を置いた。
透明で、わずかに青みがかっている。
「これは真偽判定用の媒介です」
「嘘をつくと?」
「色が変わります」
実に分かりやすい。
俺は水晶に視線を落としながら、呼吸を整えた。
嘘をつくな、ではない。
嘘を“整える”。
「名前は」
「コウ」
水晶は変化しない。
本当だからだ。
「この国の者ではないな」
「違う」
変化なし。
「敵国の間者か」
「いいや」
ここで一瞬だけ、意識的に“曖昧”を混ぜる。
否定は本心だが、理由は伏せる。
水晶が、かすかに揺れた。
色は変わらない。
魔法士の一人が小さく頷く。
「嘘ではない」
「……便利だな」
思わず本音が漏れた。
「だが万能ではありません」
別の魔法士が淡々と補足する。
「意図的に意味をずらした言葉、認識の違いまでは判定できない」
なるほど。
想像通りだ。
彼らは“言葉”を測っている。
“思考”までは測れない。
質問は続く。
出身。
目的。
経緯。
俺は一貫して、七割の真実と三割の欠落で答えた。
水晶は終始、沈黙を守る。
「……問題ありません」
魔法士の一人がそう結論づけた。
だが、安心したのは彼らだけだ。
俺は気づいていた。
この検査の本質が、嘘の発見ではないことに。
——結果の行き先だ。
「検査結果は?」
リュシアが尋ねる。
「宰相殿に報告します」
「王ではなく?」
わずかな間。
魔法士は当然のように答えた。
「はい。まずは宰相殿へ」
来た。
情報が、必ず一箇所に集約される。
そして、加工される。
俺は椅子から立ち上がりながら、何気ない口調で言った。
「直接王に伝えることは?」
「必要ありません」
「なぜ」
魔法士は少しだけ困ったように眉を寄せた。
「……それが決まりですから」
決まり。
つまり、思考停止。
部屋を出る廊下で、俺は小さく息を吐いた。
「どうでした?」
リュシアが尋ねる。
「安心材料は揃ったな」
「それは良かったです」
彼女はそう言いながらも、俺の顔を見ていた。
満足していない目だ。
「ただし」
「ただし?」
「この国は、魔法を信用しすぎている」
リュシアの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「どういう意味ですか」
「嘘を見抜けても、嘘を使う人間は見抜けない」
彼女は返事をしなかった。
だが、否定もしない。
建物を出ると、王都の喧騒が戻ってきた。
人の声、馬のいななき、商人の呼び声。
平和だ。
だが、平和の裏に流れる情報は、あまりにも一本化されている。
俺は心の中で整理する。
この国は、
・情報を集める力はある
・だが、情報を扱う人間が少ない
・そして、その頂点は一人だ
一点突破が可能な構造。
——敵から見れば、これほど分かりやすい国はない。
リュシアが歩きながら言った。
「あなたは、不安そうですね」
「仕事柄だ」
「何の仕事ですか」
「まだ言えない」
嘘だ。
だが、今は色を変えない。
彼女は小さく微笑んだ。
だがその笑みは、安心ではない。
「あなた、魔法よりも、人を見ていますね」
「人が一番嘘をつくからな」
その言葉に、彼女は少しだけ考え込んだ。
俺は確信していた。
この国は、外からではなく、
内側の“処理の仕方”で滅びる。
そして、その処理を任されている人物は——
まだ、一度も姿を見せていない。
だが、もう分かっている。
次に会うべき相手は、
この国で一番、情報を信じている男だ。
(つづく)
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