第28話:偽りの敵
噂は、意図的に放置された。
いや、正確には——
誰も否定しなかった。
『灰の都市で、王国の影が帝国と密談』
『物流ルートの調整に、個人が関与』
『帝国側に、有利な遅延が発生』
どれも、事実だ。
だが、真実ではない。
王都。
ヴァルター・グレイヴは、報告を受けていた。
机の上には、整理された情報。
そして、整理されていない“余白”。
「……否定は、していないな」
「はい」
部下は、慎重に答える。
「彼は、帝国寄りだと?」
「そう見えます」
「だが、証拠はない」
「ありません」
ヴァルターは、指を組んだ。
「最悪だな」
「どちらの意味で?」
「両方だ」
帝国側についたなら、敵。
だが、敵として処理できない。
ついていないなら——
もっと厄介だ。
「王は?」
「噂を耳にされています」
「反応は?」
「困惑しています」
ヴァルターは、目を閉じた。
「王は、彼を信じたい」
「だが、信じられない」
それが、最も不安定な状態だ。
「表向き、調査を始めろ」
「拘束は?」
「しない」
できない。
「だが——」
「距離を、明確に取る」
つまり。
「彼を、“敵かもしれない存在”として扱う」
「はい」
それが、王国の公式態度になった。
一方、帝国。
アシュレイ・ノックスは、報告書を一瞥しただけだった。
「王国が、彼を疑い始めたか」
「はい」
「予定通りだ」
彼は、紙を伏せる。
「だが、彼は帝国側についたとは思っていない」
「理由は?」
「ついたなら、もっと分かりやすく動く」
彼は、静かに笑った。
「彼は、誤解されることを選んだ」
「だから——」
帝国も、即断しない。
その“空白”が、最も価値を持つ。
灰の都市。
商会は、取引を一時停止し、
情報屋は、価格を吊り上げ、
評議会は、沈黙した。
誰もが、距離を測っている。
俺は、その中心にいた。
宿の部屋。
窓の外では、街が動いている。
リュシアが、部屋に入ってきた。
顔は、硬い。
「……王国では、あなたは疑われています」
「知っている」
「敵として、です」
「まだ、“かもしれない”だろう」
彼女は、唇を噛む。
「それでも」
「あなたは、戻れなくなりつつある」
正しい。
「それでいい」
「なぜですか」
彼女は、抑えきれずに聞いた。
「なぜ、わざわざ——」
俺は、窓の外を見たまま答える。
「本当の敵は、すぐに処理される」
「だが、疑わしい敵は——」
少し、間を置く。
「観測され続ける」
彼女は、はっとした。
「あなたは……」
「時間を買っている」
帝国も、
王国も、
第三勢力も。
全員が、様子を見る。
「その間に、均衡を調整する」
「それが、今の俺の仕事だ」
リュシアは、黙り込んだ。
「あなたは、孤立します」
「孤立と無所属は、似ている」
俺は、振り返る。
「だが、同じじゃない」
「……どう違うんですか」
「孤立は、拒絶だ」
「無所属は、選択だ」
彼女は、何も言えなかった。
その夜、
王国と帝国の境界で、
小さな衝突が避けられた。
どちらも、
俺の動きを待ったからだ。
偽りの敵は、
今日もまた——
本物の戦争を、遠ざけていた。
(つづく)
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