第26話:帝国の試験
場所は、灰の都市《リーヴァ=ノクス》の外縁だった。
都市の掟が及ばない、ぎりぎりの場所。
だが、露骨な武力行使は避けられる。
——ちょうどいい。
俺は、指定された倉庫に入った。
中は広い。
だが、何もない。
罠を張るには、最適だ。
「警戒しすぎだな」
声は、背後からだった。
振り向くと、アシュレイ・ノックスが立っている。
一人だ。
だが、一人ではない。
「護衛はいないのか」
「必要ない」
「信用している?」
「違う」
彼は、静かに言った。
「君が、ここで私を殺せば」
「帝国は、即座に報復する」
「王国も、君を切る」
「灰の都市は、手を引く」
淡々と、結論だけを並べる。
「君は、それを理解している」
「だから、私は無防備でいられる」
論理としては、正しい。
「今日は、何の用だ」
「試験だ」
即答だった。
「君が、どこまで均衡を守る人間か」
「あるいは——」
「ただの逃げ腰か」
彼は、指を鳴らした。
扉が、別方向から開く。
中に入ってきたのは、二人。
一人は、王国側の密使。
もう一人は、灰の都市の輸送組合員。
——カイ・レンザ。
状況は、すぐ理解できた。
「彼らは、今ここで死ぬ」
「あるいは、生きて帰る」
アシュレイは、淡々と言う。
「選択権は、君にある」
「どちらを切る?」
王国を切れば、帝国寄り。
都市を切れば、中立放棄。
どちらも切らなければ、帝国の顔を潰す。
見事な踏み絵だ。
「理由を聞いても?」
「簡単だ」
彼は、目を細める。
「均衡は、誰かの犠牲で成り立つ」
「君が、それを理解しているかを見たい」
俺は、二人を見る。
王国の密使は、必死に口を開いた。
「我々を助ければ——」
「黙れ」
短く遮った。
カイは、何も言わない。
覚悟した顔をしている。
——選ばれる側の顔だ。
俺は、少し考えた。
そして、言った。
「誰も切らない」
「ほう」
アシュレイの眉が、わずかに動く。
「代わりに——」
「俺が切られる」
一瞬、空気が止まった。
「どういう意味だ」
「字義通りだ」
俺は、外套を脱ぎ、床に置く。
「帝国には、こう伝えろ」
「俺は、王国とも都市とも手を切った」
「今後、俺個人とだけ取引しろ」
嘘だ。
だが、完全な嘘ではない。
「王国には」
「俺は、帝国に捕捉されたと伝えろ」
「管理対象としてな」
どちらも、半分だけ本当だ。
「灰の都市には」
「今回の件は、俺の独断だ」
「都市は関与していない」
責任を、全部背負う。
アシュレイは、数秒黙った。
「……それは」
「君自身を、商品にする選択だ」
正解だ。
「誰の側にも立たず」
「だが、誰からも切られない」
彼は、理解した。
「大胆だな」
「慣れている」
アシュレイは、二人に目を向けた。
「帰れ」
「今日のことは、忘れろ」
命令だった。
二人は、何も言わずに出ていく。
背中が、軽い。
倉庫に残ったのは、俺と彼だけだ。
「合格だ」
彼は、静かに言った。
「君は、均衡を理解している」
「そして——」
少しだけ、笑う。
「自分が、最も切りやすい存在だと知っている」
それは、褒め言葉だった。
「だが、覚えておけ」
「そのやり方は、長くは持たない」
忠告だ。
「いずれ、誰かが君を守らなければ」
「均衡は崩れる」
俺は、肩をすくめた。
「その時は」
「もう、別の答えを選ぶ」
アシュレイは、頷いた。
「次は、盤面が大きくなる」
「覚悟しておけ」
彼は、去った。
倉庫を出ると、夜風が冷たい。
王国も、
帝国も、
灰の都市も。
今日、俺を試した。
そして——
誰も、俺を切れなかった。
信用されない男は、
また一つ、均衡を保った。
だがその代償は、
確実に——
俺自身に積み上がっている。
(つづく)
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