第25話:宰相の疑念
報告書は、三通あった。
一通目は、王都から。
二通目は、灰の都市から。
三通目は——帝国経由だ。
どれも、同じ名前を含んでいる。
だが、表記は微妙に違う。
「王国の影」
「無所属の調整者」
「帝国と接触した人物」
ヴァルター・グレイヴは、
三通を机に並べ、静かに眺めていた。
「……厄介だな」
呟きは、感情ではなく評価だった。
部下が、慎重に口を開く。
「灰の都市で、噂が広がっています」
「帝国と取引した、と」
「裏付けは?」
「ありません」
ヴァルターは、口元を歪めた。
「それが、一番厄介だ」
否定できない。
断定もできない。
つまり——
判断が遅れる。
彼は、椅子に深く座り直した。
「彼は、どこまで計算している」
「分かりません」
「……分かる必要はない」
必要なのは、管理だ。
「彼を、影のままにはしておけない」
「排除しますか」
一瞬、沈黙。
「いや」
即答だった。
「排除すれば、帝国が動く」
「灰の都市が騒ぐ」
「王国内部も割れる」
最悪の選択だ。
「だが、放置もできない」
「では……」
「距離を詰める」
ヴァルターは、はっきり言った。
「監視を強化する」
「接触を増やす」
「逃げ道を減らす」
それは、信頼ではない。
包囲だ。
「彼の行動に、選択肢を与えるな」
「どれを選んでも、こちらが把握できる形にしろ」
部下は、息を呑んだ。
「それは……」
「飼い殺しに近い」
ヴァルターは、否定しなかった。
「危険物は、箱に入れて管理する」
「だが——」
視線が、鋭くなる。
「彼は、箱を壊す」
分かっている。
だからこそ、慎重になる。
その頃、灰の都市。
俺は、宿の部屋で資料を広げていた。
都市内部の派閥。
評議会の動き。
帝国仲介人の行動履歴。
——そして、王国。
動きが、鈍い。
だが、確実にこちらを見ている。
そこへ、リュシアが現れた。
王国の正規ルートだ。
「……久しぶりですね」
「王国の用か」
「宰相の、です」
やはり来た。
「あなたの行動が、問題視されています」
「当然だ」
俺は、隠さない。
「帝国と接触した件」
「噂だ」
「否定は?」
「しない」
彼女は、目を伏せた。
「それは……」
「必要な誤解だ」
彼女は、苦しそうだった。
「宰相は、あなたを管理下に置きたい」
「具体的には」
「正式な任務を増やす」
「同行者をつける」
「行動範囲を限定する」
予想通りだ。
「拒否すれば?」
「より強硬な手段を取るでしょう」
つまり、今が分岐点だ。
「あなたは、どうしますか」
彼女は、俺を見た。
監視者としてではなく、
一人の人間として。
俺は、少し考えた。
「条件付きで、受ける」
「条件?」
「選択肢は、俺が選ぶ」
「事前承認は、しない」
「結果だけを報告する」
彼女は、驚いた顔をした。
「それは……」
「飲めないなら、断る」
沈黙。
彼女は、深く息を吐いた。
「伝えます」
「どう判断されると思う」
「……宰相は」
一拍置いて。
「拒否しない」
「ですが、疑念は消えません」
それでいい。
「疑われている方が、動きやすい」
「……変わりませんね」
「変わったら、死ぬ」
彼女は、微かに笑った。
「あなたは、本当に——」
「信用されない男だ」
俺は、言葉を継ぐ。
「それで、まだ生きている」
彼女は、何も言えなかった。
王国も、
帝国も、
灰の都市も。
全てが、
俺を囲い込もうとしている。
だが——
疑念は、鎖にはならない。
疑念は、距離を生む。
そして距離は、
まだ——
自由だ。
(つづく)
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