第24話:嘘の取引
取引とは、信頼の上に成り立つ。
——それは、平時の話だ。
灰の都市《リーヴァ=ノクス》では、
信頼よりも“予測可能性”が価値を持つ。
俺は、わざと目立つ場所を選んだ。
交易区の中央。
昼間。
人通りの多い時間帯。
監視が、確実につく。
それでいい。
声をかけてきたのは、帝国系の仲介人だった。
名前は知らない。
知る必要もない。
「噂は本当らしいな」
「どの噂だ」
「王国の影が、都市にいる」
俺は否定しなかった。
「話が早い」
「帝国は、君に興味がある」
「知っている」
仲介人は、少しだけ眉を上げた。
「隠さないのか」
「隠す理由がない」
周囲の視線が、増える。
商人。
情報屋。
評議会の末端。
全員が、聞いている。
「帝国は、情報を欲しがっている」
「宰相府の内部」
「意思決定の癖」
「遅延の理由」
昨日聞いた話だ。
「全部は渡せない」
「だが、渡す気はある」
「……どこまでだ」
俺は、わざと曖昧に答えた。
「使える範囲まで」
「信用できるか?」
「できないだろうな」
それでいい。
「帝国に、俺が“協力している”と伝えろ」
「条件は?」
「内容は、君に任せる」
仲介人は、息を呑んだ。
「それは……」
「嘘ではない」
半分は、真実だ。
「ただし、誤解される余地は残す」
仲介人は、短く笑った。
「随分、危険な遊びだ」
「いつも通りだ」
その場で、簡易契約が交わされる。
紙は薄い。
効力も弱い。
だが、噂には十分だ。
——王国の影は、帝国と取引した。
それだけでいい。
数時間後、都市はざわついていた。
商会の裏。
情報屋の巣。
評議会の控え室。
同じ言葉が、違う形で流れる。
「帝国側についたらしい」
「いや、情報を売っただけだ」
「どちらにせよ、危険だ」
完璧だ。
誤解は、最大の煙幕になる。
その夜、セレイン・ヴァル=ノクスが呼び出した。
「随分、派手に動きましたね」
「計画通りだ」
彼女は、視線を細める。
「都市内部の火種に、油を注いだ」
「煙が上がれば、火は見える」
俺は、淡々と言う。
「誰が、俺を売ろうとしているか」
「誰が、止めようとしているか」
「どちらも、今なら分かる」
セレインは、短く息を吐いた。
「都市は、混乱します」
「短期的にな」
長期的には、透明になる。
「帝国は、どう出る」
「様子を見る」
「王国は?」
「疑う」
それでいい。
「どこにも属していない、という前提が」
「より、信じられなくなる」
彼女は、静かに言った。
「あなたは、自分の価値を下げています」
「違う」
俺は、首を振る。
「“信用できる存在”としての価値を捨てている」
「代わりに——」
少しだけ、間を置く。
「“触ると危ない存在”になる」
セレインは、理解した。
「誰も、安易に扱えなくなる」
「そうだ」
その夜、別の報告も届いた。
アシュレイ・ノックスが、
この取引に興味を示した。
だが、動かない。
それも、想定通りだ。
疑念は、即断を鈍らせる。
俺は、都市の夜を歩く。
噂が、背中を追いかけてくる。
帝国の犬。
裏切り者。
危険人物。
どれも、悪くない。
信用されない男は、
今日また一つ、
居場所を失った。
そして同時に——
誰にも、簡単には切れない存在になった。
嘘の取引は、
真実よりも、世界を動かす。
(つづく)
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