第23話:第三の火種
灰の都市《リーヴァ=ノクス》は、燃えない。
少なくとも、表向きは。
武力は禁止。
露骨な脅迫もない。
殺し合いは、都市の外でやれ。
それが、この街の掟だ。
だが——
火種がないわけじゃない。
むしろ、火を使わずに相手を焼く技術だけが、
異様に発達している。
俺は、評議会区画の外れにある資料庫にいた。
公式施設。
だが、利用者は少ない。
価値のある情報は、
だいたい裏に回るからだ。
「あなたが、王国の影ですか」
背後から、声がした。
振り向くと、若い男が立っている。
商人にしては、姿勢が硬い。
兵士にしては、装備が軽い。
「どちらでもない」
「便利な答えですね」
男は、名を名乗った。
「カイ・レンザ」
「都市外縁の輸送組合を代表しています」
つまり、灰の都市の“末端”だ。
「用件は?」
「忠告です」
男は、声を落とす。
「あなたの存在が、均衡を崩し始めている」
「光栄だな」
「冗談ではありません」
彼は、真剣だった。
「都市の一部は、あなたを危険視しています」
「理由は」
「価値が高すぎる」
それは、矛盾していない。
「帝国と交渉できる」
「王国の内部を知っている」
「しかも、属していない」
男は、指を折る。
「……高値で売れる」
なるほど。
「誰が?」
「複数です」
評議会の全員ではない。
だが、ゼロでもない。
「都市は一枚岩じゃない」
「知っている」
七席の評議会。
理念は共有していても、
利害は一致しない。
「すでに、話は動いています」
「俺を、どこに売る?」
「帝国に、です」
意外ではない。
「排除ではなく、拘束」
「“管理された資源”にするつもりです」
男は、苦い顔をした。
「都市としては、悪手だ」
「だが、短期的には儲かる」
火種は、金だ。
「それで、忠告か」
「はい」
男は、真っ直ぐに俺を見る。
「あなたは、誰の味方でもない」
「だからこそ、誰からも狙われる」
俺は、少し考えた。
「忠告への見返りは?」
「……都市が、燃えないこと」
正直だ。
「分かった」
それだけ答えた。
男は、少し驚いた顔をした。
「それだけですか」
「十分だ」
俺は、資料庫を出る。
外の通りは、いつも通りだ。
商人が笑い、
荷が運ばれ、
契約が交わされる。
だが、裏では別の取引が進んでいる。
——俺自身が、商品として。
その夜、非公式の呼び出しが入った。
今度は、評議会の一角からだ。
指定された部屋に入ると、
セレイン・ヴァル=ノクスが待っていた。
「面倒なことになりましたね」
「都市が、俺を売る?」
「一部が、です」
彼女は、否定しなかった。
「止められますか」
「完全には無理です」
即答だった。
「都市は、契約の集合体」
「理念より、数字が勝つ瞬間もある」
現実的だ。
「では、どうする」
「選択肢は三つあります」
彼女は、淡々と並べる。
「一つ。都市を去る」
「二つ。帝国に売られる前に、帝国と深く結ぶ」
「三つ——」
少しだけ、間を置く。
「火種を、表に出す」
つまり。
「都市内部の利害衝突を、可視化する」
「燃やさないために、煙を出す」
俺は、口元を緩めた。
「厄介だな」
「あなた向きです」
評価としては、悪くない。
「時間は?」
「短いです」
帝国も、王国も、
灰の都市も。
全てが、俺を巡って動き始めている。
信用されない男は、
中立でいられる時間が、一番短い。
それでも——
まだ、均衡は崩れていない。
火種は、くすぶっているだけだ。
問題は、
誰が、最初に息を吹きかけるか。
(つづく)
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