第22話:帝国からの接触
灰の都市《リーヴァ=ノクス》は、いつ来ても匂いが違う。
鉄。
香辛料。
紙。
そして、金。
国境都市にありがちな緊張感はない。
あるのは、計算だけだ。
俺は、外套のフードを深く被り、人の流れに紛れていた。
身分証はある。
だが、使う気はない。
ここでは、肩書きは邪魔になる。
指定された場所は、交易区の奥にある小さな茶館だった。
表向きは、ただの休憩所。
だが、裏の席は違う。
俺が入ると、店主は何も言わずに奥を指した。
——すでに話は通っている。
奥の個室には、一人だけ客がいた。
窓際。
背筋が伸びている。
無駄な動きがない。
フードを外した瞬間、確信した。
——アシュレイ・ノックス。
写真で見たことはない。
だが、分かる。
同じ目をしている。
「初めてだな」
「そうですね」
互いに名乗らない。
必要がないからだ。
「王国の影」
「帝国の調整役」
それで、十分だった。
沈黙が落ちる。
だが、気まずさはない。
彼が先に口を開いた。
「排除する選択肢もあった」
「今も?」
「今は、違う」
率直だ。
「君が動くと、盤面が崩れる」
「評価が高い」
「面倒だ」
それもまた、評価だ。
「今日は、取引をしに来た」
「国家として?」
「個人として」
意外でもなんでもない。
「条件を聞こう」
「君は、どちらにもつかない」
「知っています」
「それを、続けろ」
一瞬、間が空いた。
「……それが、帝国の望みですか」
「現時点ではな」
彼は、茶を一口飲む。
「王国は、君を制御できない」
「帝国も、同じだ」
「なら、均衡を選ぶ」
合理的すぎる。
「見返りは?」
「情報だ」
即答だった。
「王国の内部構造」
「特に、宰相府の意思決定」
「完全な情報は要らない」
「“遅延”の癖が分かればいい」
俺は、考えるふりをした。
実際には、もう答えは出ている。
「渡せる」
「ほう」
「だが、半分だけだ」
「十分だ」
迷いがない。
「君は、嘘をつかない」
「ただし、全部は言わない」
「そういう人間だ」
彼は、正確に理解している。
「一つ、確認する」
「何だ」
「君は、王国を守りたいのか」
「いいえ」
「帝国を潰したいのか」
「いいえ」
彼は、わずかに笑った。
「やはりな」
「俺が守りたいのは、均衡だ」
「壊れなければいい」
それが、俺の本音だ。
「なら、敵ではない」
「味方でもない」
「理想的だ」
アシュレイは、立ち上がった。
「この取引は、記録に残らない」
「王国にも、帝国にも」
「灰の都市だけが、覚えている」
それでいい。
「一つ忠告しておく」
「何でしょう」
彼は、振り返らずに言った。
「信用されない立場は、長くは続かない」
「いずれ、選ばされる」
「その時——」
少しだけ、声が低くなる。
「どちらにもつかなければ、消される」
俺は、肩をすくめた。
「慣れています」
「だろうな」
アシュレイは、去った。
個室には、静けさが戻る。
しばらくして、扉が再び開いた。
今度は、別の人物。
灰の都市の評議会代表、
セレイン・ヴァル=ノクス。
「興味深い会合でしたね」
「聞いていましたか」
「都市は、常に聞いています」
嘘はない。
「あなたは、帝国とも取引した」
「半分だけだ」
「それが、あなたの一貫性ですか」
問いではない。
評価だ。
「信用はしません」
「期待もしない」
「だが——」
セレインは、静かに言った。
「あなたは、予測できる」
「予測できる不確定要素は、価値がある」
第3章の核が、ここで示される。
「都市として、あなたを歓迎します」
「所属は?」
「不要です」
当然だ。
「必要な時に、ここを使いなさい」
「契約は?」
「口約束で十分でしょう」
俺は、少しだけ笑った。
「信用していない」
「ええ」
セレインも、微笑む。
「だからこそです」
茶館を出る。
灰の都市の空は、どこまでも鈍色だ。
王国も、
帝国も、
都市も。
全てが、俺を使おうとしている。
それでいい。
誰の味方でもない者は、
誰からも必要とされる。
——その均衡が崩れるまで。
(つづく)
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