第17話:予定外の避難
予定通りなら、避難はもう終わっているはずだった。
中央が動き、
軍が展開し、
帝国の先遣は牽制される。
——それが、王国の「想定」だ。
だが現実は違う。
中央は動かず、
軍は来ず、
現場だけが時間を削られている。
だからこそ、
予定外の手を打つしかない。
俺は、夜明け前の王都を歩いていた。
正規の通行証は使わない。
今は、残したくない記録が多すぎる。
裏路地。
倉庫街。
商会の地下。
ミラは、すでに待っていた。
「随分、急ね」
「時間がない」
彼女は肩をすくめる。
「中央は?」
「動かない」
「でしょうね」
驚きはなかった。
「で、今回は何を流すの?」
「嘘だ」
「いつも通りね」
俺は、短く指示を出す。
「帝国に、第二避難路の情報を渡せ」
「でも、それは——」
「もう使わない」
ミラの目が、わずかに細くなる。
「街を捨てる気?」
「建物だけだ」
彼女は一瞬、黙った。
「……あなた、本当に国家の人間?」
「籍はある」
それだけだ。
「報酬は?」
「生き残る確率が上がる」
「安いわね」
「十分だろ」
ミラは、くすりと笑った。
「いいわ」
「どうせ、どっちにつくか決めてないし」
彼女は背を向け、消えた。
情報は、必ず流れる。
半分は嘘で、半分は本当だ。
それでいい。
場面は、ロウウェル市。
避難は、想定より遅れていた。
荷を捨てられない者。
家を離れられない者。
足の遅い者。
エドガーは、声を張り上げていた。
「第三避難路を優先しろ!」
「第二は、封鎖だ!」
部下が、驚いた顔をする。
「まだ人が——」
「回すな!」
怒鳴った後で、彼は言い直す。
「……今なら、まだ間に合う」
彼の手元には、
中央とは違う経路から届いた情報があった。
帝国の先遣は、
第二避難路に注意を向けている。
——なら、そこを捨てる。
城壁の外で、小競り合いが始まった。
帝国兵は、深入りしない。
目的は、制圧ではない。
混乱を見せること。
中央を動かすこと。
だが、中央は動かない。
だから、現場が動く。
エドガーは、街の中央広場に立った。
「いいか、よく聞け!」
声は、震えていなかった。
「街は守れない!」
「だが、人は守る!」
どよめきが走る。
怒号も、悲鳴もある。
だが、彼は続けた。
「荷は捨てろ!」
「家は、後で取り戻せる!」
「命は、取り戻せない!」
それは、英雄の言葉ではない。
統治官の言葉だ。
人々は、動き出した。
泣きながらも、
振り返りながらも、
それでも、進む。
その頃、帝国側。
先遣部隊は、第二避難路に注意を向けていた。
人の動きが、ある。
だが——
「……少ないな」
指揮官が、眉をひそめる。
想定より、少なすぎる。
そして、その背後で、
第三避難路から、
大量の避難民が抜けていく。
気づいた時には、遅い。
ロウウェル市は、
“囮としての価値”を失いつつあった。
王都。
俺は、遠くで上がる煙を見ていた。
双眼鏡越しに、人の流れが分かる。
「……間に合っている」
完全ではない。
だが、最悪は避けられる。
リュシアが、隣に立つ。
「これは、命令違反です」
「知っている」
「処罰されます」
「可能性はある」
彼女は、俺を見た。
「それでも?」
「それでもだ」
少しだけ、沈黙。
「……あなたは、後悔しますか」
「しない」
即答だった。
「後悔は、選ばなかった時にするものだ」
その瞬間、
ロウウェル市の外で、
大きな爆発音がした。
帝国は、
“空の街”を制圧した。
だが、そこにはもう——
守るべき人はいない。
予定外の避難は、
予定外の勝利を生んだ。
だが同時に、
俺の立場は、決定的に変わった。
国家の想定から、
完全に外れた存在へ。
もう、戻れない。
それでも——
これが、俺の選んだやり方だ。
(つづく)
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