第16話:裏切りは、想定通りに起きる
報告は、届いていなかった。
正確に言えば、
「途中までは届いていた」。
王都の軍務局。
参謀部。
補給担当。
どこを辿っても、同じ答えが返ってくる。
「その件は、宰相府に上がっています」
「判断待ちです」
判断待ち。
その言葉を聞いた瞬間、
俺は確信した。
——止められている。
ロウウェル市の周辺で、帝国の先遣が確認された。
避難は進んでいるが、時間は足りない。
本来なら、ここで王国軍の一部が動くはずだ。
だが、動かない。
命令が、出ていない。
俺は城の回廊を歩きながら、頭の中で情報を並べた。
警告を出した時間。
宰相と会った時刻。
軍務局への伝達経路。
——辻褄は、合っている。
合いすぎている。
リュシアが、後ろから声をかけてきた。
「やはり、動いていません」
「分かっている」
彼女の手には、最新の報告書。
だが、その内容は薄い。
「現地は、どうなっていますか」
「避難は進行中です」
「中央の支援は?」
「……未着」
彼女は、視線を落とした。
「意図的、ですね」
「ああ」
否定する理由はなかった。
俺は、歩みを止めない。
「裏切り、ですか」
リュシアの声は、低かった。
「まだだ」
「でも——」
「選択だ」
俺は、静かに言った。
「国家が、どこを守るかを選んだだけだ」
それが、いちばん残酷な事実だった。
宰相府の前で、足を止める。
扉は閉じている。
中では、きっと静かな会議が行われている。
ロウウェル市を、
どこまで囮にするか。
何人までなら、数字として許容できるか。
俺は、扉を叩かなかった。
——もう、言うべきことは言った。
代わりに、別の経路を動かす。
非公式。
記録に残らない。
だが、確実に届く網。
ミラ。
現地の連絡役。
商会の裏道。
俺は、短く指示を出す。
「予定を前倒しだ」
「避難路を一つ、捨てろ」
「帝国に“誤情報”を流せ」
それは、国家の命令ではない。
だが、現実を変えるための判断だ。
その頃、ロウウェル市。
帝国の先遣部隊が、城壁の外に姿を見せていた。
小規模。
だが、確実に脅威。
王国軍は、まだ来ない。
エドガーは、歯を食いしばっていた。
「……遅い」
だが、彼は待たない。
「第二避難路を閉鎖しろ」
「第三を優先だ」
命令は、明確だった。
彼の元に届いた、
“中央とは違う指示”が、
今、この街を動かしている。
王都に戻る。
宰相府から、正式な通達が出た。
『ロウウェル市周辺の動きは、
現地の混乱による誤認である。
王国軍の即時対応は不要』
紙に書かれた文字は、整っている。
理性的で、冷静で、正しい。
だが、その一行一行が、
確実に時間を奪っている。
リュシアが、拳を握った。
「……これは」
「そうだ」
俺は、はっきりと言った。
「これが、裏切りだ」
感情は、湧かなかった。
怒りもない。
失望もない。
ただ、確認が終わっただけだ。
宰相は、分かっていて止めた。
国家は、嘘を選んだ。
——想定通りだ。
俺は、深く息を吸い、吐いた。
「これで、遠慮は要らない」
「……何をするつもりですか」
リュシアが、真っ直ぐに聞く。
「守る」
「何を」
「選ばれなかったものを」
その瞬間、
城の外で、遠く火の手が上がった。
ロウウェルの方角だ。
時間は、もうない。
国家は、動かなかった。
だから今度は——
俺が、動く。
(つづく)
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