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異世界でスパイになった俺、どの国にも味方せず暗躍していたら戦争の引き金を全部握っていた  作者: 桜庭ユウト


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第11話:動かない警鐘

 警鐘は、鳴らされた。


 だが、それは誰の耳にも届かなかった。


 王都の朝は、いつも通りだ。

 市場は開き、パンの焼ける匂いが漂い、人々は穏やかに一日を始めている。


 ——あまりにも、いつも通りすぎる。


 俺は城の一室で、地図を睨んでいた。

 地方都市ロウウェル。

 交易路の要衝であり、帝国との境界に近い。


 赤い印が、一つ。


 ここだ。


 情報屋ミラからの報告。

 帝国の商人に紛れた人員。

 傭兵の数が、ここ数日で不自然に減っている。


 ——前線に集めている。


 俺はすぐに報告書をまとめた。

 簡潔に。

 断定は避け、可能性として提示する。


 警鐘としては、十分すぎる内容だ。


 宰相府に通されると、ヴァルターは既に机に向かっていた。

 書類の山。

 忙しさは本物だろう。


「ロウウェルか」


 報告書に目を通しながら、宰相はそう言った。


「帝国側の動きが集中しています」

「可能性の話だな」

「はい。しかし——」


「地方都市一つに、そこまでの兵力を割く理由がない」


 切って捨てるような口調ではない。

 理性的で、冷静で、正しい。


 だからこそ厄介だ。


「帝国は、戦争をする気がありません」

「……ほう?」


 宰相が、初めて顔を上げた。


「戦争の前に、勝敗を決めに来ています」

「仮にそうだとしても」


 ヴァルターは指を組み、穏やかに言う。


「それが一都市で済むなら、被害は小さい」


 来た。


 俺は、内心で確信する。


「囮にする、ということですか」

「言葉が過ぎるな」


 宰相は否定しなかった。

 ただ、言い換えただけだ。


「戦争を防ぐための、合理的判断だ」

「そこには、民間人もいます」

「国家は、全員を守れない」


 その言葉は、淡々としていた。

 感情はない。

 だが、覚悟はある。


 ——この人は、本気だ。


「王には?」

「不安を煽る必要はない」

「現地への警告は」

「混乱を招く」


 一つ一つ、正論だ。

 だが、その正論が積み重なった先にあるものを、

 この人は“知っていて”選んでいる。


「君は、感情的になっている」

「そう見えますか」

「現場を見すぎた」


 それは、最大限の評価でもあった。


「君の働きは認めている」

「だからこそ、ここは私に任せろ」


 任せろ。


 つまり、これ以上は動くな、ということだ。


 俺は、深く一礼した。


「了解しました」


 その言葉は、嘘だった。

 だが、ここでは必要な嘘だ。


 宰相府を出た後、俺は城壁の上に立った。

 ロウウェルの方角を見る。


 距離は遠い。

 だが、確実にそこに“何か”が集まっている。


 リュシアが、遅れてやって来た。


「……話は、聞きました」

「どこまで」

「地方都市の件です」


 彼女の声は、硬い。


「中央は、動かない」

「ああ」


「それで、あなたは?」

「選択肢を探す」


 彼女は、息を呑んだ。


「命令違反になります」

「知っている」


 それでも、目を逸らさない。


「ロウウェルには、まだ逃げる時間がある」

「中央が動かなくても?」

「中央が動かないからこそだ」


 沈黙。


「……あなたは、国家を裏切るつもりですか」


 重い言葉だった。


 俺は、すぐには答えなかった。

 そして、正直に言う。


「まだだ」

「まだ?」


「国家が、嘘をついたわけじゃない」

「選ばなかっただけだ」


 彼女は、苦しそうに目を伏せた。


「それでも、人は死にます」

「だから、警鐘を鳴らし続ける」


 聞こえなくても。

 届かなくても。


 その夜、俺は一つの伝令を出した。

 公式ではない。

 だが、確実に届く経路で。


 ——ロウウェルへ。


 内容は、短い。


『準備をしろ。

 逃げ道を確保しろ。

 中央は、来ない』


 これは、賭けだ。


 国家の判断が正しいか。

 俺の判断が正しいか。


 どちらかが、間違っている。


 そして——

 間違った側には、必ず死者が出る。


 王都の夜は、静かだった。


 あまりにも、静かすぎた。


(つづく)


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