幼なじみが突然やって来た
「――あ、悠真! 久しぶり!」
昼ごはんを食べている最中、インターホンが鳴った。
ようやく“家に千智がいる生活”に少しずつ慣れ始めたところだったのに、
次にやって来た人物は、別の意味で頭が痛くなる存在だった。
夏目美月。
俺の幼なじみだ。
昔から一緒に育ってきたせいか距離感が近く、優しいようでいて、時々やたらと世話を焼いてくるタイプ。
特に――今みたいな状況では。
ドアを開けると、美月はいつも通り明るい笑顔で立っていた。
「急にどうしたんだよ?」
「近くまで来たから。ほら、差し入れ」
そう言って、断る余地を与えない調子で袋を差し出してくる。
俺が返事を考える前に、背後から声がした。
「佐倉様、アフタヌーンティーの準備ができました。リビングへどうぞ」
振り返ると、千智が白いエプロン姿で立っていた。
手には、小さなケーキの皿。
「ち、千智!? なんで今……!」
「私はここに住んでおりますので」
千智は何の疑問もなく答える。
「佐倉様のご帰宅を待ち、常にサポートできるよう待機しています」
……やめてくれ。
説明が面倒すぎる。
美月は一瞬きょとんとした後、千智をじっと観察し始めた。
「えっと……こちらの方は?」
千智はすぐに一歩前へ出て、丁寧にお辞儀をした。
「佐倉様のアシスタントを務めております、千智と申します。
本日はご来訪ありがとうございます」
少し間があって、美月は笑顔を作った。
「へぇ……アシスタント、ね。
千智さん、よろしく」
「はい。どうぞごゆっくりお過ごしください」
……空気が、妙に張りつめている。
それから一時間。
三人でリビングに座っていたが、空気はどう考えても普通じゃなかった。
美月は終始、さりげなく千智を観察している。
一方の千智は、相変わらず“完璧なサポート役”を淡々とこなしていた。
「佐倉様、本日は抹茶ケーキをご用意しました。お好みでしたよね」
「……ああ、ありがとう」
俺が受け取ると、美月が意味ありげに微笑む。
「ねえ悠真。
……二人の関係、ちょっと変わってない?」
「え?」
「なんていうか……恋人みたい」
その一言に、千智の視線がすっと動いた。
「恋人……ですか?」
彼女は即座に解析を始めるような間を置き、続ける。
「現在、私は佐倉様に対し、親密行動の模倣を行っています」
「もし追加で恋人行動が必要でしたら、ご指示ください」
「ち、違う違う違う!!」
俺は慌てて否定したが、美月は楽しそうに目を細めた。
「ふーん。やっぱり、普通じゃないよね」
言い返せなかった。
話題を変えようとして、俺は無理やり明るく言った。
「そ、そうだ。美月、持ってきたお菓子、食べようぜ」
「うん。
それと……久しぶりに、ゆっくり話したかったし」
その瞬間、千智が横から入ってきた。
「佐倉様、お腹は空いていませんか?
必要であれば、すぐに夕食の準備を――」
そして、自然すぎる動作で俺の隣に座り、
お茶を注ぎ、テーブルを整え、距離を詰める。
……近い。
美月の視線が、はっきりと鋭くなった。
「……ずいぶん、仲がいいんだね」
「仲がいいっていうか……」
言葉が続かない。
千智は何も気づかず、穏やかに微笑んでいた。
「千智、ちょっとやりすぎだ!」
俺は思わず立ち上がった。
「パーソナルスペースってものがあるだろ!」
千智は一瞬きょとんとした。
「私の行動は最適化されていませんでしたか?」
「そうじゃなくて……距離が近すぎるんだ」
すると、美月が小さくため息をついた。
「悠真……本当に鈍いね」
「え?」
「もうさ。
自分が千智さんの“恋人行動”を受け入れてるって、気づいてないでしょ」
胸を突かれた。
そのとき、千智が静かに言った。
「もし私の行動が不快であれば、即座に修正します」
「ですが――佐倉様は、私を拒否してはいません」
……反論できなかった。
俺はいつの間にか、
彼女がそばにいることを“当たり前”として受け入れていたのだから。




