第7話 これはもしや、スバダリとかいうものなのでしょうか
多分、好きになる。
予感。
動画を見たときには、なんというか、まだ淡い気持ちだった。
だから、もしも、採用されなかったら。
残念と思う程度で終わる気持ちだったはず。
だけど、採用された。
だったら、結ばれる運命だなんて、そこまではさすがに思わなかったけど。
ちょっとだけ、少しだけ、特別なつながりがあるんじゃないか、なんて、思ったりもした。
『恋愛』をしてみませんか……なんて、軽いノリなんかじゃなく。
あなたと出会う運命だったんだ……なんて。
「少女漫画の読みすぎだってー……」
そういえば……、一年生のときに同じクラスだった浦島ちゃんは運命の恋とかそういう単語の出てくるマンガやラノベが好きだったな……と、ミサキはふと思い出した。
「んー、浦島ちゃんに相談とか……。あー、零一君のことは保守義務とかあるんだった……」
そんなことを考えつつ、明日のデートの服を考える。
「えと、明日の天気は晴れだし、インドアだから。上着とかはいらないかなー」
オーバーサイズのダボっとしたフード付きのトレーナーに、デニムのミニスカート。もちろん下には黒のスパッツも履く。ミサキのいつもの定番の服だ。
「髪の毛だけ、おかーさんにお団子にしてもらって、リボンでかわいくしてみよう……」
服装が決まれば。もう、考えることはなくなって……、そしてやはり、思考はループしてしまう。
一年間しかお付き合いできない人型ロボットを、本気で好きになったら、どうすればいいんですか。
わかりません。
「あーっ! もうっ! 考えたってわかんないモンはわかんないのよっ!」
とにかくデートだ! 会って、話して、それから先のことは、先で考えればいい。
何せ、考える時間はだって一年もある。
と、叫んでも、また、考えはループする。
「一年もあると考えるか、一年しかないと考えるかは……どっちかな」
ううう……と、唸りながら。ミサキはクッションを抱え、ゴロゴロとベッドの上を転げまわった。
***
離れているときは、悩みもする。
だけど、目の前に、当の零一が居れば。
うわー、やっぱりかっこいいなー……などと思うミサキであった。単純である。
「こんにちは、ミサキさん」
「こんにちは、零一君」
にっこりと微笑みあう。
待ち合わせはビルの一階、デジタル体験ギャラリーの中。
だけど、今日は朝比奈もいなければ、カエデもいない。
完全に二人きり。そんな状況に、少しドキドキと胸が高鳴る。
「えっと……」
どうしよう。おかーさんもいない。二人だ。何を話そうか。
戸惑うミサキに対して零一は、戸惑うことなく話し出す。
「この間はリズムゲームをしてましたよね」
「あ、うん。あと中央の、あのクイズに正解するとステッカーがもらえるヤツ」
「同じのからやりますか? それとも……」
どこか別の……と、零一が言いかけたとき、ギャラリーの係員が「天文の島、間もなく上演時間です!」とギャラリー内の客たちに声を掛けた。
「天文の島……って何?」
「フロアマッピングとパノラマ映像が伝えるインタラクティブ体験……って言うとなんだかわからないですよね。まあ、映像クイズみたいなものです。行ってみますか?」
「うん!」
差し出された零一の手を、思わず握ってしまったミサキ。
そのまま、手を繋いで、天文の島とやらの部屋へと向かった。
暗幕で仕切られた先の部屋に入ってみると、そこは証明が落とされていて暗かった。
「ちょっと暗いですから、手を繋いだままでいましょう」
「はははははいっ!」
繋いだ手の温かさに、そわそわしてしまって。ミサキは気恥ずかしくなり、視線を逸らすためもあって、大げさにきょろきょろと、そう広くはない部屋の中を見わたしてしまった。
壁際が一面鏡張りになっていて、その対面に映画館のスクリーンのような大きなモニタがある。ただし、椅子はなく、立ち見のようだ。
床にはライトが照られさている。どうやら、大きなモニタと床に、夜空のような映像が投影されている。
「えーと、さっき零一君が言っていたのはフロアマッピングとか、パノラマ映像とかだったっけ?」
あと、インタラクティブってなんて意味だっけ……? と聞こうとしたとき「森や海などの自然や環境を守るため、私たち人間にできること。あなたも一緒に考えてみませんか」と、音声が鳴り出した。
「はい。音と映像が連動しています。あ、始まりますよ!」
夜空、動物、自然。
色々な映像がモニタと床に映し出された後、クイズが始まった。
「三択クイズ?」
「はい。正解と思った色のところに乗ってください」
床に赤色、青色、黄色のモチーフが映し出された。ミサキは正解だと思う赤色のモチーフの上に立ってみた。
「正解!」
正解すると、天井の星がキラキラと輝く仕組みになっているらしい。
「わあ……。なるほど天文……」
プラネタリウムというほどのものではないが、天井の小さなライトが線で結ばれて星座のように光り輝く。なかなかに楽しい趣向だった。
十分ちょっとの上映時間が終わり、そして部屋の中が明るくなった。
「おもしろかったー」
「ですね。次は何をやりますか?」
「あ、じゃあ、あっち! 立体のモニタが、万華鏡みたいにキラキラしているやつ!」
「ああ、あれはですねえ。ポストカードが作れるんですよ」
「うわ、楽しそう! 零一君、一緒に作ってみよう!」
「はい」
もう二人きりで、戸惑うこともなくなって。ミサキは零一と楽しくギャラリーを満喫していった。
***
「ううう、歩きっぱなし、はしゃぎっぱなしで、足が疲れてきた……」
へにょっとなりながら、ミサキが言った。
「そうですね。ギャラリーから出て、カフェにでも行きましょう」
「うん」
エスカレータで二階に向かう。カフェはそれほど混んではいなかった。
「ボク、注文してきますから、ミサキさん、そこの席に座って待っていてください」
「ありがと、零一君……」
ミサキは零一の申し出にありがたく頷いて、座らせてもらった。
「ジュースとかコーヒーとかだったらどっちが好きですか?」
「うー、オレンジジュースがいいです……」
「はい、ゆっくり待っていてくださいね」
ぼけーっと、注文カウンターに向かう零一の背を見ながら、ミサキははっと気がついた。
「零一君って、飲んだり食べたりってしないんじゃあ……」
自分ひとりで、飲食をするのは……どうなんだろう。それとも、零一は飲むフリでもするんだろうか……。
「おまたせしました。疲れとりにケーキも注文してみたけど」
「うわあ、ありがと!」
トレーを、零一がテーブルに置いた。
見れば、トールサイズのオレンジジュースがひとつと、それからチーズケーキがひとつ。
ただし、ジュースのコップには、ストローが二本。ケーキにもフォークが二本。
「れ、れ、れ、れーいち、くん。こ、これは……」
零一はにっこりと微笑んだ。
「こうしておけば、ボクらが一緒に食べているみたいに見えるでしょう」
「そ、そ、そ、そ、そう、だけど……」
ちょっと待って、これではまるでカップル仕様ではないのだろうか。
カップルもカップル。イチャイチャカップルか、バカップルなのでは。
ミサキは思わず顔を赤く染めた。
***
「あははははは! 恋愛初心者のミサキちゃんに、いきなりそれはレベルが高かったわねー」
「笑い事じゃないんだよ、おかーさん!」
零一との初デートを終えて、自宅へと帰ってきたミサキは、今日の零一とのデートを事細かに話していた。
「ロボットに見えない対策なのか、それとも朝比奈さんとか、開発者のどなたかの体験データなのか知らないけど! それとも少女漫画とかからデータ取り入れてるのかもしれないけど。零一君って、照れずに手を繋いでくるし、気を配ってくれているのかそもそも設定が優しいってなっているのか、いろいろ配慮してくれるし同じグラスからジュース一緒に飲むフリするしいいいいいい!」
「うははははは! あれじゃない、ほら、イケメンとかスパダリとかハイスペとか。少女漫画とかラノベのタイトルによく並んでいる文字。そういうカレシを目指しているんじゃないの、零一君って」
「おかーさん、笑い方がオヤジ臭い……」
ラノベや漫画で登場するスーパーダーリン。つまりは、高学歴・高身長・高収入といった、いわゆるハイスペックさだけではなく、余裕も包容力もあって、おまけに性格も良いイケメン。更に家事や育児も出来る、そんな理想のカレシや旦那さんを刺す言葉ではあるのだが。まあ、現実にはそんな存在、いるわけはない。
「周りのお客さんたちは『初々しいわねー』って見てくれる人もいれば、『けっ! バカップルがイチャイチャしていやがる』みたいな視線を向けてくれる人もいるし!」
「ふははははは! バカップル!」
「ケーキだって、零一君が食べていないことを誤魔化すためかもだけど、わたしにむかって『はい、あーん』とかしてくるし!」
「で、ミサキちゃんは、顔を真っ赤にしながらも、口を鳥の雛みたいにパカッて開けちゃったんだ」
「しないわけにはいかないでしょうおおおおお!」
「あははははは!」
カエデは笑い転げだした。
「タクシーに乗る前とかも『ハグはまだ早いですよね』とか言いつつ、手を握って別れを惜しんでくれるし」
「ほひょー」
「タクシーの運転手さんもなんか温い視線で見てくるし」
「そりゃあねえ」
答えるカエデも視線も、温い。初々しいというかなんというか。顔を真っ赤にしながらも、それでも嫌がらずに、むしろ、心の中では喜んでいそうなミサキの顔がありありと浮かぶのだ。
「でも、恥ずかしいけど、ちょこっと嬉しかったんじゃあないのー?」
聞けば、ミサキは座っていた椅子から飛び上がった後、「ううう」と唸りながらも俯いた。
「あははは、かわいいねーミサキ」
「う、ううううううう」
「ま、そのうち慣れる、慣れる。きっと慣れる」
「そ、そうかなあ……」
「そうよー。とりあえず、初デートは成功! よかったんじゃない?」
「ううう……」
「いきなり二人でデートなんて、ハードルが高くて、もしかしたら、うまく話せなくて、気まずくなって帰ってくるなんてよりいいじゃない」
「そう……かなあ……」
カエデは思い出したように言った。
「おかーさんの初デートなんて、そりゃあ、大変だったもの」
「おかーさんの?」
「おかーさんの初カレはねえ……、気を遣うっていうことが全くできない人でね。その点は零一君と真逆よ」
カエデの顔が、剣呑になった。当時の感情を思い出したのかもしれない。
「初デートだからって、気合いを入れて、かわいいひらひらのワンピースを着て、それに似合うハイヒールなんて履いたもんだからねえ」
「おかーさんが、ハイヒール⁉」
「そうよ。少しでも美人だって思ってほしくて。でもあの野郎、こっちがヒールの靴を履いているのもお構いなしに、ずかずかさっさと歩いて行くし」
「うわ……」
「一生懸命歩くっていうか、小走りになって付いて行っているのに『歩くの遅いな』とか言って」
「うわ……」
「もう、息切らして走って。それでも追いつけなくて、交差点で赤信号で止まっているうちに見失ったわよ」
「えええええ……」
その様子をミサキは想像してみて、うわあ……と思った。
もしかして、その人が自分の父親なのかと思うと、少し嫌な気もした。
「それで……、どうなったの?」
「馬鹿々々しくなって、追いかけるのは止めにして、そのまま家に帰ったわよ」
「うわあ……」
「後日文句言われたけど、睨んで無視したわ。女友達に盛大に愚痴ったから、学校内でのあの野郎の評判は地に落ちたわ。ザマーミロ」
あ、良かった。この口ぶりからすると、その野郎とやらは、自分の実父となった男ではなさそうだ。ミサキは少しだけ、胸をなでおろした。
「それからすると、零一君の紳士っぷりなんて、羨ましいくらいだわー」
イケメンで、優しいカレシと全く気を遣わずに、彼女を置いてどんどん歩いて行ってしまうカレシ。
どちらがいいかと言われれば、当然優しいイケメンだが。
「それで、次のデートはどうなったの?」
「あ、うん。また来週と言いたかったんだけど、ほら、もう春休みも終わって、学校始まるじゃない」
「うんうん」
「学校の予定表、もらわないことには予定が立てにくいから」
「あーそうね」
「だから、学校が始まって、予定が分かったら、朝比奈さんに連絡しますーって」
「それがいいよね」
「うん……」
淡々と話しているつもりが、最後の「うん」だけは、どこか寂し気に、カエデには聞こえた。
「早く、零一君に会いたいなーとか、思ってる?」
「おかああああさああああんんんんっ!」
沸騰しそうなほど顔を真っ赤に染めた娘に、母は微笑ましげに笑った。




