第4話 普通と言われました
「選考基準は詳しくお伝えはできませんが、ざっくり言うならミサキさんが応募者の中で一番普通だったから、ですね」
確かに、ミサキは比較的普通の女子高生。
成績も目立って突出したところはなく、外見も悪くはないが、取り立ててここが良いと言えるほどのものはない。
だが「応募者の中で一番普通」とまで言われれば、微妙にもやもやした気分になった。
人間のようにしか見えない最新鋭の人間型美少年ロボット。
その相手なのだから、ミサキにも、自分では気がついていなかった潜在的な何か特別な才能や力があって、それで選ばれたのではないか……と、どこか期待していたのに。
選ばれた、特別な人。
たとえば童話のシンデレラのように、王子様に選ばれる。それはシンデレラが心も外見も美しいから。
たとえば魔王を倒す勇者に選ばれる。それは誰よりも剣技に優れ、折れない心の強さがあるから。
そういう理由なら、納得ができる。
だけど。
たとえば国語の試験で「最新鋭の人工知能搭載の美少年ロボットの恋人に選ばれた理由を述べなさい」などという設問があって、その解答が「ごく普通で平凡だからです」では不正解になりそうだ。
「えっと……、普通だから、ですか……。平々凡々……」
落胆というほどの大げさなものではないが、微妙にがっかりとしてしまい、思わず背中が丸まってしまった。
そんなミサキのモヤモヤ感を吹き飛ばすほどの勢いで、カエデが「普通ってなんですか!」と声を荒げた。
「あたしにとって自分の娘は普通なんかじゃないですよ。特別かわいくて、世界一愛おしい。その他大勢とか、代わりはいくらでもいるとか、そんな存在じゃないです」
「おかーさん……」
堂々と胸を張って、きっぱりと親バカ発言をしたカエデ。
母からの愛は嬉しい。とても嬉しい。だけど、声を大にして主張されれば……気恥ずかしい。
カエデの勢いに押された朝比奈は「申し訳ございません!」と慌てて頭を下げた。
二人を取り持つかのように、美少年ロボットが「あのですね」と柔らかい声を出した。
「朝比奈さん、ざっくりすぎです」
「ゼ、セロワン……」
「あのね、ミサキさん。それから、ミサキさんのお母様。朝比奈は悪い意味で普通って言っているんじゃないんです。逆です」
聞いていただけますかと続けられて、ミサキはこっくりと頷いた。カエデも不承不承頷いた。
「ボクは、将来的に医療サポート用に開発される予定のロボットたちの……そのプロトタイプとして作られました」
「医療用サポート……」
「はい。お年寄り、病気や事故で体が不自由になった方々。そんな方が暮らしやすくするための介護……。起き上がったりトイレに連れて行ったり、家事をサポートしたり。話し相手になったり、一緒に散歩をしたり。ごく普通の生活をするための手助けをするのが目的でなんです」
「わあ……すごい」
ありがとうございます……と、微笑んだ美少年の顔は、思わず目が惹きつけられるくらいに可憐だった。
「だから、何かしらに特化した能力は目指していないんです。ごく普通に日常生活が営むことができればいい。敢えて言うのなら、空気を読むとか、相手を思いやるとか、つまずきそうになった相手にさっと手を差し伸べるとか。そういうことが当たり前にできる。そういうの学べる相手としてミサキさんを選びました」
美少年ロボットの説明に、カエデも「なるほど。確かにうちの娘は親が言うのもあれですけど、思いやり、ありますね」と頭の角をひっこめた。
「普通ってすごいことなんですよ! 普通がダメなら汎用性って言い換えてもいいですけど!」
朝比奈が、ここぞとばかりに話し出した。
「普通の反対を申し上げますね。たとえば……少なくて珍しい『希少』、性質や行動が普通と違っていて人の意表をつくことを意味する『奇抜』、普通と違っていることを意味する『異常』、他との間にはっきりした区別があることを意味する『特別』など、反対の意味の言葉はいくつか思いつきますが。我々が求めているのは『奇抜』や『異常』なんかじゃないんです。我が社で行っていることをざっくりとまとめて言えば、みんなのために役立つロボット作り。そのみんなに当たる人を募集する。イコールごく普通の人となります」
希少でも奇抜でも異常でもなく特別ではない。
ごく当たり前の、ごく普通。
みんな。
確かにざっくり過ぎるけれど、朝比奈の言いたいことは分かった。
平凡で、何も突出した能力もない、どうでもいい人間の代表として、ミサキを選んだのではなく。
みんな。大多数の代表。
「……よくわからないけど、いきなりの質問に答えてくださって、ありがとうございます」
「いいえ、どうしたしまして。あ、あと他にも聞きたいことがあれば、随時どうぞ」
スパっと納得できたわけではないけれど。
朝比奈たちにとってはごく普通の女の子が必要なのだろう。
「えっと、あの……。もう一つ聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
ごく普通だから選ばれた。それに対して今ここでこれ以上聞いても仕方がない。
それよりも。
「あの、さっき、ギャラリーでいきなり変な呼びかけしてごめんなさい」
まず、ミサキは頭を下げた。
「変な……? ああ、いきなり美少年と呼びかけられたのは、正直びっくりしましたけれど」
美少年ロボットが気にしていないようで、ミサキは少しだけ安心した。
「なんて呼び掛けていいのか、わからなくて。ええと……流石に『花も恥じらう美少年タイプゼロワン』さんっていうのは名前じゃないよね? 朝比奈さん、が、呼んでいるみたいに、あなたのことは、ゼロワンって呼んだらいいのかな……? 他に名前、あるのかな……?」
予想外の質問だったようで、当の美少年ロボットも首を横に傾げた。
「うーん、個別認識のための呼び名……? 分類……?」
「確かに我が社で開発中のヒューマン型ロボット『花も恥じらう美少年タイプ』シリーズは、この後ゼロツー、ゼロスリーと続ける予定ですけどねえ……。名前かと言われれば……、どうだろう」
「じゃあ、ゼロワンさんとかゼロワン君とか……。そういうふうに、あなたのことを呼びかけるほうがいいのかな?」
朝比奈が、ふと思いついたように言った。
「ああ、そうだ。このゼロワンにミサキさんが名前を付けるとしたら、どんな名前にしますか?」
「え⁉ わ、わたし⁉」
「ええ。確かにこれからお付き合いをするのに呼び名は必要ですし。一般のかたがいるところでゼロワンと呼ぶのを躊躇するのもわかりますし」
じいっと、期待に満ちたようなゼロワンの視線と、おもしろそうな目で見てくる朝比奈の視線を感じながら、ミサキは考えた。
「男の子の名前……。えっと、えっと……。かっこいい名前はいくつか思い付くんだけど……。たとえば『アサヒ』君とか『アンリ』君とか。『ソウタ』君もいいよね……。でも……」
マンガやアニメのキャラクターの名前。同級生の男子の名前。人気の名前ランキングから見繕う。世の中にある名前から、一つ選んで、目の前のロボットに名付ける。
それはなんとなく、違うように感じた。
名前。
唯一の、自分を表す言葉。
「あの……、おかーさんはなんでわたしのこと、ミサキって名前にしたの?」
考えながら、聞いた。
「言ったことなかったっけ? 未来、先を見る。岬だったら海や湖などの水中に突き出た陸地の先端なんだけど、陸地なんてなくても、先が海でも、未だ見ぬ意味での未知の世界にでも進んでほしいって願いをつけてミサキにした」
「わあ……、すごい。そんなに壮大な名前だったんだ……」
「良い意味でしょ」
カエデが自慢気に言う。
「うん。わたしの名前、すごい素敵! あ、じゃあ、おかーさんの名前は? なんでカエデなの?」
「ああ。おばーちゃんのお腹の中におかーさんがいた時にね。おばーちゃん、オジーちゃんと一緒に公園に散歩に行って。で、晴れた空の下、真っ赤になった楓の木があって、それがきれいだったから、って言っていたわね」
「へえ……。やっぱり名前には、意味を込めてつけるんだねぇ……」
ミサキはじっと目の前の美少年ロボットを見る。
似合う、名前。
考えた末、ミサキは言った。
「あの……ゼロワンだから、零一君っていうのはどうですか?」
「れいいち、ですか?」
朝比奈が繰り返した。
「はい、あの、アニメのキャラクターとか韓流アイドルとか、かっこいい名前はいくらでもあると思うんですけど。でも、かっこいいだけの、無関係で突飛な名前を付けるのもおかしいかなって思って。それに、朝比奈さんたちがゼロワンってずっと呼んでいたのなら、それに近しくって、名前に聞こえるのがいいかなって。あ、あと、ゼロワンってそのままでもいいかなって思ったけど、個別認識のための番号を呼ぶのって、ちょっと違うかなって……」
ミサキは一生懸命に、説明をした。
「なるほど、おもしろい。ゼロワンそのままの名前でありつつ、きちんと男性の名前に聞こえますし。ゼロワンはどう思う?」
「嬉しいです。いい名だと……思います」
ゼロワン……零一が、ほんの少し頬を染め、嬉しそうに、また、照れくさそうに笑った。
「一生懸命、考えてくれてありがとう」
ミサキは、どういたしまして、と答えた。
名前を気に入ってくれて、嬉しかった。それだけではなく、きちんと考えたことをわかってくれたことがもっと嬉しかった。
「よし、採用! これから、ゼロワンのことは零一と呼ぼう」
朝比奈も、満足げに頷いた。
「やっぱりミサキさんで正解だったなあ……」
「ですねえ」
朝比奈と零一が、そうしみじみという理由がわからなくて、ミサキはおもわず「ほへ⁉」と気の抜いた返事をしてしまった。
「実は、応募の入力事項だけでは選びきれずにおりまして。最終的には印象と言いますか、当てカンで選んだところもあったのですが」
「当てカン……」
「あ、もちろん、先ほど申し上げた普通というのが最大の基準ですが」
希少でも奇抜でも異常でもなく特別ではない。ごく当たり前の、ごく普通。みんな。
先ほどの答えだけでは、イマイチ納得感がなかったのは、当てカンで選ばれた要素もあったからなのだろうか。
思わず眉根を寄せてしまったミサキに、零一が言った。
「あのね、ミサキさん。ボクの名前、すごく一生懸命考えてくれたよね」
「あ、うん、もちろん」
だって、名前だ。
重要な事柄だから、真剣に選ぶのが当然だ。
「ミサキさんのそういうトコロ、ボクはすごく素敵だなあと思います。端的に言えば、好きです」
いきなりの爆弾発言。
ミサキは、耳まで真っ赤になって、飛び上がった。




