第2話 採用されました
「おかーさん! おかーさん! おかあさああああああんんんっ!」
かかってきた電話から流れてくる朝比奈の声。
それが、動画で見た白衣の男の声と同じだな……と思った瞬間に、ミサキは叫んでいた。
「なによお、ミサキ。大きな声出して……」
「でででででんわ! 掛かってきた!」
床にへたり込みながら、プルプルと震える手で、ミサキは受話器を母親に差し出す。
「そりゃあ、電話は掛けるか掛かるかするものでしょ」
「そそそうじゃなななくて、せ、せ、せ、んんこここうのけっけっけっけっけっかめんだん……」
「……ミサキ、あんた、日本語話せなくなったの?」
ミサキとカエデの会話が、丸聞こえだったようで、受話器からはくすくすと笑う朝比奈の声がこぼれてきた。
訝し気ながらもカエデはミサキら受話器を受けとり「はい、お電話代わりました」と言った。
「失礼しました、私、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社の朝比奈と申します」
流石のカエデも一瞬だけ固まった。
「ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社って、あの……」
固まりながらもそう答えたのは、さすがに年の功……、いや、社会人としての経験なのかもしれなかった。
「はい。先日はご応募いただきありがとうございました。それで、厳選なる選考の結果、相模原ミサキさんに、ぜひ、当社の最新鋭人工知能搭載の男性型ロボットとの『恋愛』をお願いいたしたく……」
「は、はあ……」
「つきましては、ご都合のよろしいときに一度、西島高町にあります当社にお越しいただきたく……」
「は、はあ……」
カエデは、少々面喰いながらも、それでも朝比奈の言うことをきちんとメモして、そして、いつヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社に行くのかなど、約束を取り付けている。
「は、はあ……、わかりました。では、ちょうど娘は春休みですので、その期間にお伺いするということで」
床にしゃがみ込んだまま、固まったかのように微動だにしないミサキの横に、受話器を置いたカエデも座り込んだ。
「お、おかーさん……」
「うん……」
ほへー……という感じに、カエデは息を吐きだし、そして、言った。
「おめでとうミサキ。人工知能を搭載したのヒューマン型ロボット『花も恥じらう美少年タイプゼロワン』とやらが、どうやらアンタのカレシに決定らしいよ」
「おかあああああさんんんっ!」
真っ赤になったまま青ざめるという、奇妙な顔色のミサキを見て、カエデは「あはは」と笑った。
それから、約束の日まで。ミサキは家の中をバタバタと歩き回り、鏡を見て、クローゼットの服をひっくり返してと、大騒ぎだった。
「ぎゃああああ! 服っ! あんな美少年とお付き合いするのに、こんな着古したトレーナーとかはダサすぎる! かわいいガーリーなワンピース、お母さん買って!」
「ミサキはいつも、ダボっとした男物のトレーナーかシャツを着て、下はショートパンツ合わせて、で、スニーカーでしょ。学校の制服だって、スカートの下に芋ジャージ履いてるっていうのに。今さら花柄ワンピースとか着て、踵の高い靴履いて、まともに歩けるの? 靴ズレするだけじゃない?」
「うっ!」
ストリート系のコーディネート……と言ってもいいかもしれないが、ミサキは服など楽が一番と思っているのだ。ロングのフレアースカートなんて、足にまとわりついて歩きにくい。
「服はいつものでいいから、それより髪の毛。美容院に行って、かわいくしてもらいなさい。美容院代くらいはおかーさんが出してあげるから」
「あ、あ、あ! か、髪どうしよう! 去年の夏からずーっと切ってない! ぼさぼさ!」
「そうねえ、ミサキの学校、校則緩いから、美容院に行ってゆるーくウエーブかけてもらえばいいわ」
「え? パーマ的な?」
「そ。そのまま髪の毛降ろしても、ゆるふわ感あってかわいいし、ポニテにしたり、お団子にしたり、ツインテールでもハーフアップでも、カレシに会うたびに髪型変えればいいでしょ」
「おかーさん、天才か!」
カエデは「ふふん!」と胸を張った。
娘に褒められれば嬉しいのだ。
「ミサキにお化粧は必要ないわよ」
「で、でも、相手は『花も恥じらう美少年ヒューマン型ロボット』だよ! お化粧がっつりしないと、わたし程度の顔じゃ、釣り合わない!」
「今までお化粧なんてしたことなかったじゃないの。下手な化粧はブスの元」
「ひ、ひどいよお母さん」
「眉毛だけは整えておけば大丈夫よ。眉尻から三分の一あたりのところに眉山作って、眉尻の長さは口角と目尻の延長線上のあたりで、短めにする」
「どうして短め?」
「短め眉にすると若々しく上品な印象に、長め眉にすると大人っぽく華やかな印象になるの。ミサキはストリートファッション系だから、短めのほうが似合うよ」
「な、なるほど……」
流石お母様、ありがたや……と、ミサキは両手を合わせてカエデを拝んだ。
「あとで眉メイクしてあげるから。そのメイクからはみ出たムダ毛は全部カットしましょ」
「ふんふん」
「眉尻の外側や眉下のムダ毛とかうぶ毛がなくなるだけでもね、目元がパッとワントーン明るく見えるのよ。メイクなんかしなくてもね」
「へえ……」
「鼻の下とか、口元とか、とにかくムダ毛は敵! 毛穴も敵だけど、ミサキにはないから無関係!」
「て、てき……」
「ムダ毛さえなければ、女子高生にファンデーションなんていらないわ! この毛穴もくすみもないもちもちの肌! おかーさんのと取り換えてよって言いたくなるわ憎い!」
憎いと言いつつ、笑っているのだから、カエデの冗談なのだろう。だが、じとっと細められた目に、穏やかではない気配を感じて、ミサキは冷や汗を掻いた。
「お母様。口紅はいかがいたしましょうか……」
とりあえず、口調は改めてみた。
「リップグロスにしておきなさい。お化粧初心者のミサキでも、指でちゃっちゃと塗るだけで、きれいに見えるから。口紅はねえ、お茶飲んだり、時間が経過したりするたびに、塗りなおし、必要にでしょ。そのたびに、ミサキ、さっさと塗りなおし、できる?」
「……無理でございます」
「でっしょ」
その他あれこれ、女子高生における身だしなみ講座などを、滔滔と流れるように話すカエデに、神妙に頷いたミサキだった。
美容院で髪を整えて、爪もカエデからネイルを施してもらい。
そうして、あっという間にヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社に向かう日となった。
***
ミサキとカエデの暮らす賃貸アパートからヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社がある島高町までは、実はそう遠くない。
バスや電車を乗り継げば一時間もかからない距離だ。
ただし、バスや電車のルートがやや遠回りで、しかも乗り換えや乗り継ぎに時間がかかる。直線ルートを歩いて行っても所要時間はそう大きくは変わらない。
「桜も咲いているし、天気も晴れてるし。散歩がてら、歩いて行こうよ」とミサキが言ったら、カエデはげんなりとした顔になった。
「ミサキちゃーん。おかーさんはもう年なのよ。島高町まで歩いて行くって冗談じゃないわよー」
「えー? わたし毎日高校まで歩いて通ってるけど。その距離と大して変わらないじゃない」
ちなみにミサキの高校までは徒歩で約三十分。ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社は、ミサキの高校から更に二十分ほど歩けば辿り着く。
「毎日歩いている女子高生と在宅ワーカーの四十代の体力を同列に扱わないで! 浜横駅までバスで行って、それから島高町までは電車‼」
「バスは待ち時間、結構あるからし。それにバスのロータリーから電車の乗り場までだって結構な距離、歩くんだし。ここから歩いて行っても到着時間に大差はないよ」
「おかーさんの体力的にはめちゃめちゃ差があるのよう! 一時間も歩いたら、明日は筋肉痛で、使い物にならなくなるわ!」
「歩いた程度で筋肉痛……?」
ミサキは首を横に傾げたが、カエデは必死の形相だ。
「ミサキも四十歳になればわかるわよ! 腰はガッタガタになって、腕なんてぷるぷる震えて、パソコンのキーボード打てなくなったら死活問題!」
「うーん、そういうものなのかー」
しかたなく、カエデの言う通りバスと電車を乗り継いでヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社の前までやってきた。
「うわー……、すごいビル……」
見上げたビルは、かなりの高さがあった。近隣の商業ビルよりも、倍以上高さがあるように思える。
ミサキの頭の中に、高層ビルだのタワーマンションだのスカイツリーだのという単語が浮かんだ。
「えーと、木桜町駅前のランドマークタワーとか、東京のスカイツリーとより高い?」
「ランドマークは七十階建てで、高さは三百メートル程度。スカイツリーは高さ六百メートルは超えていたわよね。このビルは五十階建て……程度かな? さすがにランドマークよりは低いよ」
「そっかあ……」
それでも思わずぼんやりと見上げてしまうほどには高い。
「建物内は企業のオフィスがメインだけど、テナントとしてコンビニとか美容院とかカフェもあるし。それだけじゃなくて、病院も美容室もカフェも、ついでにフィットネスジムやプールなんかもはいっているみたい」
「高級分譲タワーマンションみたいだね」
賃貸アパートに住んでいるミサキとカエデには、遠い世界の建物のようだった。
「あ、あと、一階にデジタル体験ギャラリーもあるって」
「デジタル体験ギャラリー……?」
「予約なし、無料。色々デジタルコンテンツを体験できるんだって。んー、約束の時間まで、まだちょっとあるから、入ってみますか!」
ミサキよりも、カエデのほうがうきうきとして、そのデジタル体験ギャラリーの入口へと向かって行った。
中に入ると、まず最初に、真正面の壁にはマルチディスプレイが見えた。
テレビ画面のようなマルチディスプレイには音楽と共に、様々な画像が映し出されている。昼食時とあって、ギャラリーにはそれほど多くの客はいない。むしろ、ギャラリーのあちらこちらに佇んでいる、係員の数のほうが多かった。
「こちらが当ギャラリーのパンフレットです。どうぞ」
「あ、どうも……」
「こちら五つのギャラリーがございますが、お好きなコンテンツからご自由にご参加ください」
ギャラリー内は、「音楽の島」や「色彩の島」など、五つのエリアに分けられてあった。ミサキが気になったのは、中央。
床の円形のモニタに世界地図のようなものが映し出されていて、そこに飛行船が飛んだり、向きを変えたり、時折、風船が飛んだりしていた。その地図をぐるりと取り囲むようにして、何台かタッチパネルが設置されている。
「何だろう……?」
ミサキがそのタッチパネルに近寄っていくと、女性の係員がミサキに微笑みかけた。
「こちらのタッチパネルに触れて、まず自分だけのオリジナル飛行船を作ってみてください」
「え、えっと、こう……?」
タッチパネルに触れて、飛行船の形や色を選んでみた。
「はい、飛行船の完成ですね。次はその飛行船をスライドして飛ばしましょう」
ミサキは指で、すーっと、タッチパネルの画面に映し出されている飛行船をスライドさせた。すると、飛行船は飛び立った。そして、床の円形のモニタに、ミサキが作った飛行船が飛んでいく。
「わあ……」
「質問に答えていくと、どこかの国に到着します。その国のクイズに正解するとステッカーがもらえますから。がんばってください」
「はい、ありがとうございます!」
タッチパネルをポンポンと選択していき、到着した国の特徴が書かれている文章を読んだり、観光名所の写真を見たりした後、三択のクイズに答えてみた。
すると……、画面には「おめでとうございます! クイズに正解をした方にステッカーをプレゼント! こちらの画面を撮影し、受付にお見せください」という文字が出た。
「おかーさん! 正解したー!」
ミサキがカエデを振り返って言えば、カエデは「画面が消える前に、撮影しなさい」と冷静にスマホを取り出した。
「あわわわわわ」
慌てて撮影をして、受付に向かう。
そんな娘の様子に、カエデはくすりと笑った。
「女子高生とはいえ、我が娘はまだまだ幼いわねえ。あれでロボットと恋愛なんてできるのかしら」
そんな母のつぶやきには気がつかず、ミサキは受付で台紙とシールをもらっていた。そのシールを台紙に張って、ご満悦な笑顔は幼稚園児の頃から変わらないなあ……などと、カエデは感慨にふけった。
「ねえ、おかーさん! 全部の国のステッカー、コンプリートしたい!」
「コンプリートって、何種類あるの?」
さっきの女性係員が「四十種類ありますよ」と答えてくれた。
「そんなにあるの。じゃあ、さすがに今日で全部集めるのは無理ねぇ」
「うー。全部は無理でもあと二枚か三枚は……」
「また今度来たときにでもチャレンジしなさいよ。おかーさんはあっちの音楽に体を合わせるゲームのほうが気になるんだけど」
「え? リズムゲーム?」
トコトコと近寄ってみる。どうやら世界の民族音楽に合わせて、モニターの前に立って手振りすることにより、画面の特定位置にヒットさせるゲームのようだ。
「よっし、まずおかーさんがチャレンジ!」
カエデが画面の表示に合わせて手を動かすと、その動きに対してセンサーが反応する。画面の上に表示されている特典スコア表示がどんどん伸びていく。
しばらくすると、結果画面に切り替わった。
「十一万ポイント越えで、トータルランクがAだって! おかーさん、なかなかやるねえ!」
「ふはははは! 四十代といえどもまだまだ若いのかもねー。次、ミサキやってみなさいよ」
きゃっきゃと母子で楽しんでいるうちに、どうやら約束の時間など、頭から抜けてしまったようだ。
「あー、ミサキ、Sランク⁉ Aランクの上にSがあるの⁉ Aがトップじゃなかったのかー」
もう一度挑戦するぞとばかりに、モニタ画面の前に進み出たカエデとミサキの背後から、声がかけられた。
「そちらの音楽ゲーム、一番高いランクはSSなんですよ」
ミサキは、さっきの女性とは違う、別の係員かと思って「そうですか、教えてくれてありがとうございます」といいつつ振り向いた。
そして、振り向いて……、そのままミサキは固まった。
フレンチリネンの洗いざらした風合いのジャケットを羽織った、ヒューマン型ロボット『花も恥じらう美少年タイプゼロワン』が、「どういたしまして」と、にこやかな笑みを浮かべて立っていたのだ。




