第14話 最期の日
「ミサキさーん、今日、臨港パークで花火っすよ。会社のみんなで見に行きませんか?」
同期入社した鈴木に声をかけられて、パソコンのモニタを凝視していたミサキは顔を上げた。
花火。
また、夏が来た。
零一と見た花火はもう過去で。
あれから、ミサキは、誰かと一緒に花火を見に行ったことはない。
「……別にここからでも見えるでしょ」
「えー、でもビルとビルの隙間から、ちょこっとしか見えないじゃないですか。外のほうが臨場感あふれてますって!」
「んー、遠慮しておく。今日中にこのデータ、入力しちゃいたいし」
「このデータって……、徹夜しても終わりませんよ」
ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社の三十七階の窓から見る風景は、以前と同じ……ではない。周囲には高いビルがかなり増えた。
零一との一年間が終わって、ミサキは猛勉強をした。一浪して入学した大学ではロボット工学を学んだ。そして、縁故と言われてもなんでも、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社に入社した。
入社して、十年。
今、ミサキは新型ヒューマンタイプロボットのオメガシリーズの開発に携わっている。
「花火より、オメガちゃんたちのほうに付き合いたい」
オメガシリーズは零一のような美少年型ロボットではない。
体長は百センチ程度。外見は三歳児や五歳児の男児や女児タイプ。
ただし、判断力は大人の人間と相違ない。
一人で留守番をしている子どもたちのための、友達型見守りロボットだ。
見守りロボットのつもりで製作をしたが、予想外に年配者からのニーズが高かった。
独居老人の話し相手。老人ホームでの清掃係。図書館など公共施設の案内係。
大人のタイプのロボットに対しては高圧的になる人も多数いるが、子どもタイプのロボットには、どうしてだかやさしい態度で接するのだ。
「……美咲さんは働きすぎっすよー。うちの会社、ブラックじゃないのに一人ブラック」
「別にブラック気取っているわけじゃないよ。わたし、ロボットの開発が趣味で生きがいだもの」
ごめんなさいねーと、できるだけ軽めに言って、ミサキはまたパソコンのモニタに視線を戻し、キーボードを叩く。
鈴木はため息を吐いて、自分の席に戻る。
ごめんね。
ミサキは胸の中で、もう一度鈴木に謝る。
だけど……。
花火を一緒に見に行きたい人は、わたし、たった一人なの。
しばらくすると、窓の外からは花火の音が聞こえてきた。
ステージで行われているであろうライブの音楽も。
同じフロアの社員たちの何人かは、花火を見に行くようで、浮き立つような笑顔だ。
鈴木は、退勤時間にちらりとミサキを見たが、ミサキは「ごめんねー」と笑うにとどめた。
そうして、フロアからほとんどの社員が退勤した後。
ミサキはパソコンの電源を落とした。
社員証は首から下げたまま。通勤鞄を持つ。
向かった先は、元は零一の部屋で、今は倉庫となっている部屋。
フラッパーゲートで仕切られているその場所は、社員の中でも一部の者しか入れないようになっている。
本来、ミサキの役職では、そのゲートの先には入れない。
ただ、朝比奈との個人的なはからいによって入れるようにしてもらっている。
「特例……だけどね」
倉庫になっている部屋に入って、ドアを閉める。
「……久しぶりね、零一君」
倉庫に並んでいるのは、既に廃番となったなったヒューマン型ロボット。
ゼロワンだけではなく、ゼロツー、セロスリーと、すべてではないが、記念的作品となったロボットたちが、ガラスケースに収められている。
「今年の花火には間に合わなかった。だけど、来年。来年が無理なら、再来年。待ってて」
ガラスケースに手を当てる。
「絶対に、諦めない。いつか、未来で。わたしと一緒に花火を見に行こう」
動くはずのないロボット。再起動されることもなく、ガラスケースにはうっすらとした埃が積もっている。
「零一君。あなたの言葉がプログラムだとしても。わたしの気持ちは変わらない。あなたが好きです。今も変わらず、これからもずっと」
今も変わらず。
恋をしているの。
心臓が、跳ねるの。
好きなの。
大好きなの。
最初は興味本位の応募だったかもしれないけど。
平均的な、どこにでもいそうな、普通の女の子を選んだって言われたけど。
あなたが、わたしを、選んでくれたから。
後悔なんてしていない。たとえ今、人生をやり直せるって言われても、また応募して零一君と恋をする。
「たとえこれが妄執でも、私は、いつか、あなたに会う」
動かないはずのゼロワンの口角が、ほんの少しだけ上がった気が、ミサキにはした。
***
時は過ぎる。
月日は巡る。
何度も何十回も、夏が来た。
毎年、浜横市の臨港パークでは夏に花火が上がる。
それを、ミサキは、何度も一人で見た。
動かない零一の横で。
「あのね零一君。わたし、今年で定年退職なんだ……」
朝比奈はとっくに定年で、今ではヒューマノイドと園児や小学生の交流事業のボランティアに携わっている。時折、大人向けの講演などもしている。
その朝比奈から、ミサキも定年退職後、ボランティアをしないかと誘われている。
今では街のありとあらゆるところにヒューマノイドがいて、人間の暮らしのサポートをしている。ミサキも、オメガシリーズ以外にも、人間のサポートをするヒューマノイドをいくつも開発していった。
ヒューマノイドタイプだけではなく、犬や猫といったアニマルタイプはペットとしての需要も高い。
「やろうと思えば、零一君を作り直して再起動もできたんだけど……」
ミサキは、ガラスケースの中の零一を、外に出すことはなかった。
零一は、他のゼロツーやゼロスリーたち同様、倉庫のガラスケースの中に仕舞われたまま。
この倉庫に、初期のヒューマノイドが保管されていることすら知らない社員のほうが多い。
「……再起動して、もしも『初めまして』とか言われたらって、怖くて。このままだったね……」
零一と同じ、ゼロワンを、作ることも可能。
だけど、できなかった。
「入社したばかりのときは、いつか絶対に、また……って思ったけど」
同じ、体。
でも、魂は? 心は? 気持ちは?
同じ声同じ体の別人に出会うことが怖くて。
「……それに、今の私はもう定年退職間際のおばあちゃんだし。見ても、私がミサキだって、零一君には分からないかもしれない」
呟いた言葉。
「そんなこと、ないですよ、ミサキさん」
誰もいない、倉庫に、声がした。
「え……」
まさか、と思った。
だけど、ミサキはガラスケースの中を見た。
そこには、動かないはずの零一が、目を開けて、笑顔を浮かべて、ミサキを見ていた。
「零一君……」
ゆっくりと、頷く。
「さあ、一緒に。花火を見に行きましょう」
以前と同じ、零一の声。まるで春の陽だまりのような表情。
そして、ミサキに伸ばされた手。
「うん!」
出会ったばかりの頃の、高校二年生目前の春。あの頃のミサキに戻って、ミサキは零一に抱きついた。
***
浜横市の花火大会。
その夜、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社で、一人の社員が亡くなった。
死因は心停止。その他の原因は不明。
ただ、その死に顔は安らかで、少女のような微笑みを浮かべていた。
満足そうに。
恋をしているように。
それから、伸ばされた手は、誰かと繋いでいるようだった。
終わり




