第11話 花火を、見ました
ようやく段々と空も暗くなった。
「おおおおおー! まさにビームスペクタクルー」
「あはは、何ですか、それ!」
まだメインの花火は打ち上げられてはいないが、花火の会場となる海側では、レーザー光線と音楽が一体となったショーが行われているらしい。
地上から空に目がけて、色とりどりのレーザーの光が放たれている。
「いや、音楽はさすがに聞こえないけど。レーザー光線はあちこち動いて光ってすごいねってカンジで!」
コンベンション・センターや、近隣のビルで視界は多少は遮られてはいるが、それでも零一の部屋は高層階にあるのだ。空に向かうレーザーの光の動きが良く見える。
「花火も、レーザーみたいにはっきりと見えるかなあ」
「そう……ですね。あ、そろそろ始まる時間です」
ふっと、レーザーの光が消えた。ミサキは思わずガラス窓に張り付いた。
零一が、笑う。
「小さい子どもみたいですね、ミサキさん」
「だって、花火ってわくわくするんだもん! ねえ零一君、この窓、開けるのは無理かな……」
「採光と眺望用の、嵌め殺しの窓ですから、無理ですね」
「ううう。さすが四十階」
「バルコニーがある側の部屋なら出られなくもないんですが、この部屋、元々会議室ですからねえ」
「住居用じゃないから、窓を開ける必要もないかー」
「ええ、空調、きちんとしていますから。匂いもこもりませんし」
残念そうに、ミサキは顔を顰めた。
「花火、見るだけじゃなくて、音とかも感じられたらなーって思ったんだけど」
「んー、音は聞こえなくても、振動は伝わるかもですね。窓にぺたって両手をつけてみますか?」
「えっと、こう?」
二人で並んで窓に両方の掌をくっつけてみた。
「ビリビリーって、伝わって来るかな?」
「どーん! という感じかもしれませんね」
宝箱を開ける前の子どもみたいに、ミサキは零一と顔を見合わせてくすくすと笑った。
一つ目の花火が打ちあがる。
下から見上げるのとは違い、目線の高さで開く、花。
そして、二つ目。
赤、青、緑。鮮やかな色が夜空を染めて、そしてすぐにそれは消えていく。
三つ目、四つ目……。花火が次々と揚がっては消えていく。
「わあ……キレイ」
「すごいですねえ……」
二人、同時に、簡単のため息を吐いた。
「夜空に、花火が打ち上げられて、それがきれいなのも素晴らしいですが……」
「打ち上げらえて、花火が消えて、それで、一瞬静まり返って、夜空が、いつもより黒くて、広く見える感じもいいよね。それで、また花火が咲くの。繰り替えし、ずっと……」
このまま、この夜が、続けばいい。
夜を彩る花火。光って咲いて。それが終わって静まり返っても、また、花が咲く。
繰り返し、夜空を染める。
だけど、時間になれば、終わる。
永遠に、続きはしないのだ。
そして、花火は、あっという間に、すぐに、終わる。
今、この夜空を見上げている大勢の人達。その大半は言うかもしれない。
キレイだね。楽しかったね。また来年一緒に見ようね……と。
ミサキと零一には来年はない。
今、このときだけしか。
急激に、ミサキの胸にこみあげてくるものがあった。
「ミサキさん……?」
今の今まで、はしゃいで、ワクワク顔で、花火を見ていたミサキ。
その両目から、静かに涙があふれていた。
「あ、ご、ごめん……」
「どうしたんですか?」
零一には、ミサキが泣く理由が分からない。
共に花火を見て、はしゃいでいたはずだった。
窓の外ではまだ花火が続いていた。
「……今日の花火が終わっても、また、零一君と花火が見たいって思ったんだ」
ぼそりとミサキは言った。
「えっと、花火ですか? 八月の終わりにもまたここから見える花火大会がありますよ。それも一緒に見ますか?」
ミサキは首を横に振った。
「ううん、違うの。あ、八月の終わりの花火もみたいけど。そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
零一が首を傾げる。
「来年。再来年。三年後、四年後、五年後……。ずっと、この花火を一緒に見たいって、そう思っちゃったんだ」
ごめんと、ミサキはつけ加えて言った。
零一は答えられなかった。
「契約期間は一年間。ううん、もう夏だから、あと秋と冬。桜が咲きだしたらお別れなんだから、来年のこの花火は見ることができない。わかってるんだけど、わかっていたんだけど……」
後は、言葉にならずに、ミサキは泣きだした。
泣いても、どうしようもない。
泣いても、零一を困らせるだけ。
ううん、それとも……困らないのかもしれない。だって、零一はロボットだ。感情は、ない。人間の感情に対応して、言動を選択できるように、ミサキを相手に経験を積んでいる……データを蓄積しているだけなのだ。
悲しいのは、ミサキだけ。
「ミサキさん……」
そんなミサキを、零一はそっと抱き寄せた。
「……ごめんね」
ぽつりと、呟かれた、零一の声。ミサキは、零一の背に手を伸ばした。
ぎゅっとしがみつく、その背中は、人と同じように温かいのに。
体温。
そっと髪を撫でてくれる手の優しさ。
ミサキは、花火が終わるまでずっと、零一にしがみ付いていた。




