衣服を溶かす魔法9
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事件の流れを言った後に、マルコからの質問を主体として、事件が更に掘り進められるがリシェルはそれらにも逞しく証言を述べる。後ろ暗いところなんて少しも感じられない。立板に水の答弁。
「どうですか?」と、先ほどまでの弁舌が嘘の様に、不安そうにリシェルはヴァンダインへ質問する。
「最後に少し聞きたいことがある。君は『打撃を与える魔法』を使う事は出来るかい?」
「はい、出来ます。幼少期に護身術の魔法塾に通っていた事があって、その時に習得しました」
「では君ならばオルセン氏を殴り殺す事は可能だったと考えて良いんですね?」
マルコがおい、とヴァンダインに言いかけるが、その質問に対してリシェルが即答する。
「はい、それも出来ます」
「まぁ、だからと言って私が殺した事を認める訳では無いです。私の体が寝ているうちに動かされて魔法を行使し、オルセンさんを殴り殺したなどの可能性も考慮しない訳では無いですが。意図的に殺した事には否定します」
「なるほど。体を動かして……か、面白い発想だな。だが、それは無い。魔痕がそれを否定している」
魔痕というやや聞きなれない表現にリシェルは疑問を示す。マルコが返答する。
「リシェルさん。この男、ヴァンダインは現場に残された魔痕を読む事が出来ます」
「えとそれは……魔痕探知師という事ですか。私、初めて見ました」リシェルは興味を持ったのか、ぐぐっと目の前の彼に近づく。それに呼応してヴァンダインは後ろに椅子ごと少し下がる。
「現場には、体を無理やり動かせる類の魔痕は残されてはいなかった。残されていたのは、『打撃』、『鍵をかける』、『衣服を溶かす』の三つだけだ」
「……私、『衣服を溶かす魔法』なんて使う事は出来ません。それをあなたは証明出来るのですから、私の無実を証明出来るのでは無いですか?」
この発言にマルコとヴァンダインは目を合わせる。合わせてから、片やマルコは小さく笑い、片や不機嫌そうに顔をしかめつらせる。
「リシェルさん、生活においてあまり『衣服を溶かす魔法』というものは馴染んでいませんから、あまり知らないかもしれないですが、この魔法の使用用途はかなり限られます。それを知らないあなたには伝えにくいのですが、普通は――性交渉の場面で使われる」
「えっ…………」リシェルは目を丸くする。
「……マルコ、私だってその内容はあまり知り得ない。一緒にするな」
「知っているだろう。事実、魔痕からそれを理解したのだから」
「じゃあ、お前は『火をつける魔法』によって付けられた火の温度まで知っているのか?私は魔法学の図書からその魔痕の色を知っているだけで、その内容までは……」
「ちょっと、ちょっと待ってください!もしかして、ですが、私って昨晩、オルセンさんと体の関係を持ったのかと疑われているのですか?」
驚きのあまり声を発せずにいたリシェルが池に飛び込む水滴の波紋の様に大きく発声した。
「そうだ、気がついていなかったのか。およそ、私が調べた魔痕だけを市警に提示すれば、君がオルセンと昨晩寝たという意見を補強する事になる。それも同意の意思を持って。それほどに印象が悪い魔法なんだ」
「待って、待って、冗談じゃないです。私はあそこに仕事にしに行っていただけなのに……」
「心配はいりません」
マルコは柔らかく笑ったが、声音は冷たく硬い。
「どう取り繕っても、真実は必ず暴かれます。僕らの役目はそれだけですから」