衣服を溶かす魔法5
3
寝室から移動する。
「彼女はこのドレッサーの前の椅子に座り込んでいた。発見当時は意識の無い状態、と言っても睡眠状態にあったようだ」
「変な奴だな。殺人現場で眠り込むなんて豪胆極まりない」
「そこら辺も僕が疑問視している所なのだが……」
マルコは語尾を曖昧にする。ぼんやりとヴァンダインに目配せをし、何かを伝えようと動く。2人は共通の意思を持った訳ではなかったが、マルコが何かを思っている事は彼に伝えられた。
「キアン、外の市警の人に少し状況を聞き取りしてきてはくれないかな」
「どうしてですか?」
「ここは六区の管轄だから、調べに回っているの多くの市警は六区の人間だ。僕らみたいに他の区から来た人間とは、この事件に対する意識に差異がある事もあるだろう」
「はい、分かります」
「殺されたオルセンは六区の中では繁栄の英雄的存在なんだ。六区の人間だけが持ち得る特別な感情は知る価値がある」
「なるほど、確かにそれはありますね。では、それを聞いてくれば良いんですね?」
「あぁ、それほど気を張らずただ世間話をするみたいに聞いてくれれば良い。頼りにしてるよ」
キアンはここまでマルコとだけ会話を続けていたが、最後の最後になって、ヴァンダインの顔色を伺う様にちらっと彼の方を向く。それに対して、小さくこくりと顎を下に下ろす。
「はい、了解しました!では、ちょっと聞き込みに走ってきます」そういうと、キアンは駆け足で部屋を出て行った。その足音が一階に至った事が確認出来てから2人は会話を始める。
「キアンを部屋から出したという事はやっぱりそう言った話なんだな」
「あぁ、部屋に女と男。昨晩起こっていた事は予測しやすい。現場の市警達もその流れで捜査中だ」
「ふむ」
「加えて、六区では有名だったらしいが殺されたオルセンは大変な好色家と噂されている。色々な女性を連れ込んでは共に時間を過ごしていたみたいだ。過去にも女性絡みの目撃証言も多くある」
「では、今回の事件もその延長線上の殺人という事か。殺されたオルセンはある女性をこの宿に連れ込んだが、いつかの時点で反撃にあい、殺害されるに至った。加害者の女性は気が動転し、意識を失い、ドレッサー前の椅子へと腰掛け、朝を迎えた」
「市警達の推測も似た様なものだ」
「比較的冷静で、平等な推測だと思う。違和感は無い」
「ほう、君にしては割と優しいな」
「誰にだ、現場の市警にか。ふん、優しいのでは無い。現場から見える状態と証拠からの推理だ。もちろん、私の『魔痕探知』の結果も含めて」
「ほう、そうか。君の答えも今の所矛盾点は無いのか」マルコは噛み合わない感覚を表情に浮かばせる。ヴァンダインにとってはその表情が今の所満足はいかない、犯人だと目されている人物に会っていない故の差異であろう。
「それで、部屋の中に残っていた魔痕は何だった?」マルコは核心をすぐさま質問にする。
「残された魔法は3つ。一つ目は言うまでもなく『打撃を与える魔法』。二つ目は『部屋の鍵をかける魔法』。そして三つ目は『衣服を溶かす魔法だ』