衣服を溶かす魔法3
…
「そんなに接近して、暴力でも振るうつもりか?」形相を強めていく死刑に対して、相変わらず飄々とした態度を取るヴァンダイン。
一触即発の空気をキアンは感じる。
「おい、何をしているんだ、ヴァンダイン」
言葉を発したのは、部屋に入ったマルコだった。彼はその膨らみ弾けそうになっている空気感の中に悠然と入っていく。憤る市警に比べてマルコの体格は恵まれているとは言い難い、しかしその振る舞いは市警を制する。
「マルコ、どうという事は無い」
「何も無い訳は無いだろう?」
続けてどうだい?と市警に疑問を投げかける。深々と被った市警帽の中からマルコの鋭い視線が飛ぶ。
「彼が捜査に協力をしないと駄々を捏ねた為に、軽い問答になっていただけです」
「軽い問答。なるほど、そういう事か」
マルコは一つ思案すると、打って変わって明るい表情が戻る。声口調もまた嬉々として、受け入れやすいものとなる。
「ポール君、君へ少々伝え方を間違えたみたいだ。いやはや、僕のミスだ。ヴァンダイン、彼は僕の友人では無い、いや気恥ずかしいが、彼は僕の弟なんだ。身内だからという訳では無いが、僕は彼を信用できる。現在、市警の魔痕探知師の需要に対して、信用は追いついていない。捜査を撹乱させようと、犯罪組織と繋がっている者も多いと聞く。あまり大きな声では言えないが、今回は特例なんだ」
小声でマルコはそれだけの話をスラスラというと、ポールという市警の肩をポンポンと叩く。
「君、昨晩はあまり眠れていないのだろう。目の下に濃いクマが見える。六区市警庁で、昨日の夜は明かしたと言っていたな。職場では休むのは難しい、気もなかなか抜けなかったろう。少し、睡眠をとると良い」
「いえ、マルコ区警長補佐、私は」
「良いから。ね、少し休みなさい」
マルコは市警の肩をまたポンポンと叩く。市警は何かを無理やり飲み込む様な表情をしたのち側を離れる。キアンは彼と入れ替わる様にして、ヴァンダインの側に駆け寄る。扉まで到達した市警は振り返り、一つ礼をこちらに向けると部屋を去った。
「あれはまた言いにくるぞ」
「言われる様な事をするのが悪い」
「ところで、私はお前の弟では無いのだが」
「嘘も方便だろう」
「あんな男のために、吐くような嘘では無いがな」
「あんな男とは、彼の何かを見たのか?」
「いや、何も見ていない」
「嘘だな」
「嘘も方便だ」
「まぁ、良い。僕としては、今回の事件を解決できればそれで十分だからな」マルコは言いながら、市警帽を脱ぐ。
「マルコ、事件の詳細を聞かせてくれないか?」
「お前はいつもすぐに事件の詳細を聞きたがるな。僕だって、君の探知結果を先に聞きたいのだけれど」
しばし、2人は見つめ合う。少し不機嫌そうな表情をするヴァンダインに対して、マルコは雰囲気を嗜めているように見える。
「分かったよ。僕から話す」
「そうしてくれ」
そそくさとヴァンダインは1人、奥の部屋に入っていく。
「キアン、君は彼のどこにそれほどまでに惹かれているんだい?」
「全部です!」そう言って返す彼のまんまるキラキラとした純粋な瞳がマルコに突き刺さる。
キアンはヴァンダインの後を追いかけて奥の暗い部屋の中に入る。カーテンが締め切られ、灯りは一つも付けられていない。中には大きめのクローゼット一つとベットが一台。一目見ただけでは、正確なその大きさを断定する事はできないが、ダブルかクイーンかと予想する。
「昨晩、このベットの上で資産家、オルセン・ドラモンドが亡くなっていた。死因は全身を殴打した時に発生した脳の損傷だと見られている」
マルコは自前のマッチで燭台に立てられた新しい蝋燭に火をつける。空間はオレンジの光に照らされて詳細を映す。赤赤と血に染まるベット、人型がそこには浮かんでいた。