衣服を溶かす魔法19
…
「推理は以上。残り、犯人を断定せる要素があるとすれば、オルセンと同じで大柄な体格の人物である事、変装用のマスクを持ち出せるような状況にあった人物。加えて、23時より前に宿の周辺に怪しい人影が無かったかというところか」
ヴァンダインはマルコにそう告げる。
「相変わらず良い推理力だ。その線を強めて捜査を進める事にするよ」
マルコの聞き分けの速さに、ヴァンダインはやや頭を傾ける。
「自分で推理を披露して何をいうかと思うかもしれないが、もう少し考えたほうがいいんじゃ無いのか。リシェルが犯人だという線も消し去れるほどの推理ではやはり無いだろう」
「まぁ、普通はそうだろう。けれど、僕に普通は普通に通じない。僕は昔っから直感に頼るタイプなんだ。そういう特別な体質だと言ってもいいくらいのな。その直感がリシェルを犯人では無いと断定している。故に、方向性は君の推理を辿らせてもらう」
「現場監督のお前がいうなら、1人の魔痕探知師にこれ以上の決定権は無いよ。後は任せる、以降の成り行きはまた手紙で伝えてくれ」
ヴァンダインはヒラヒラと手を振って部屋を去る。午後2時35分、キアンはその後をパタパタと追いかける。そして、ひっくり返ってヴァンダインの分まで丁寧にリシェルとマルコにお辞儀をし、影に消える。
部屋に置いて行かれた2人。言葉を発したのはリシェルだった。
「マルコさん、あの2人はいつもあんな感じなんですか?」
「そうだね。いつも通りあんな感じだ。たまに事件に協力してもらっては解決したり、ヒントをくれたりする」
「へぇ、面白い人ですね……」
リシェルは不敵な笑みを溢す。
8
朝日の刺す窓辺。キアンはまた活字を眺める。
『月刊オラクル』今読んでいるこの雑誌はどうやら週刊雑誌らしく、生きていると頻繁に新たな号に出会う。今回は何処ぞの著名人が「水から離れた内陸地、その中の秘境にこそ探究の価値あり」と発言している。
「嘘くさいです。この著名人の居住地はグラナティアでもかなりの富裕区にあったはず。住んでもいないのに適当な事ばかり、全く大人というのは」キアンは椅子に座りながらぶつくさと呟く。ページを捲る為に一度、食卓の上に雑誌を置く、それからページを捲り再度雑誌を持ち上げる。またゆっくりと目を通す。
目を凝らせて、文章を追っていく。一行、二行ゆっくりと進む。次の見開きは大きく見出しが出ている、えっと『知られざる伶俐の職、その深奥に迫る』……。その時、雑誌がひょいと上に引き上げられた。
「あぁ!ちょっとヴァンダインさん」
彼は何も答えずに、自分の椅子にどっかりと座り込む。そして、キアンが先ほどまで読んでいた雑誌を自分の机の上へ投げた。
「おはようございます、ヴァンダインさん」
「キアン、また読んでいたのか?」
「そうです、相変わらず。いつも通り起床後、僕は雑誌を読んでいました」えっへんと言いながら、キアンは胸を張る。
「またか、『月刊オラクル』こんな雑誌を毎度のごとく誰が捨てるのか、全く」
「今回は拾った訳では無いですよ?」
「なんだって?」そう言うと、ヴァンダインは自分の髪の毛には目もくれず、ばたっと立ち上がる。
「今朝方、魔法文書と共にこの雑誌が届いてました。魔法文書の方は、えっとー、これですね」キアンは部屋の中を駆け足で進んで、ヴァンダインに文書を渡す。
彼は中身をさらっと流し見すると、少し読む。
『犯人を発見した。オルセンとはかなり深い関係にあった側近の内の1人が犯人だった。六区保守派のオルセンに対して改革派だった犯人は宿の評判を下げて、土地の売り出しを行わせる為に、犯行に及んだようだ。宿屋の行く末は分からないが、興味があるのなら返信してくれたら教える。まぁ、十中八九、そのような事は無いだろうけれど。心ばかりの軽いお礼を同封した。またご飯でも食べに行こう、その時にちゃんとお礼する。もちろん、キアンも連れてきてくれよ。
追伸、『月刊オラクル』。そこの中に興味深いコラムがあった。筆者の名前を見たら、僕が言いたい事は分かるだろう。その後日談もまた聞きたいものだ。ではまた。
ヴァンダインへマルコより』
ヴァンダインは机の上に投げ捨てた『月刊オラクル』をパラパラと捲る。その中の一つのコラムで止まる。
「筆者名、リシェル・カーレン『知られざる伶俐の職、その深奥に迫る。その名も魔痕探知師』」
「リシェルさん。『月刊オラクル』でコラムを書いてたんですね。記者もしているって言ってましたが、兼任でしょうか」
ジリリリ。その時、玄関ベルにかけられた魔法音が鳴り響く。そして、容赦なく、大きな声でその向こうの人は話し出す。
「おはようございます。私、先日助けていただいた。リシェルですけれど。感謝とお礼を伝えにこさせていただいたんですがー!」
またジリリリ。
早朝も早朝。未だ、太陽が朝日の顔をしているのだけれど。
「ヴァンダインさん、魔痕探知師って大々的に表明していませんよね。それに隠すつもりでいますし」
「あぁ、そうだね。隠さないと色々厄介だからね」
キアンはヴァンダインの顔をチラチラと見ながら、質問を考える。
「えと、それとヴァンダインさん。ヴァンダインさんって『月刊オラクル』にも寄稿してましたよね?」
ヴァンダインは笑う。彼は玄関に行く事は無かった。ジリリリと容赦なく鳴るベルの音の中で、彼はどっかりと自分の椅子へと座り込む。
そして、本来の仕事道具を握り、一文字目を書いた。
9
港湾都市グラナティア・六区。ある建物の一室。1人の市警がその中には倒れ伏していた。血の通っていない真っ青な姿をしながら。
市警には六区警長補佐のバッジが光り輝く。指には結婚指輪の跡がありありと残っている。指輪は胸ポケットに入っている。
犯人の姿はない。魔痕はただそこにゆらりと残るだけだった。