衣服を溶かす魔法17
…
部屋の中には、リシェル、マルコ、キアンの3人がヴァンダインの話す次の言葉を心待ちに黙り込む。
「最初に事件の大方の概要をもう一度振り返ろうか」
「事件が起きたのは、昨晩、詳しい時間の制約は証言以外には残っていない。被害者は大柄な男性でこの部屋のベッドの上で発見された。同部屋にはリシェルという女が部屋にあるドレッサー付属の椅子に腰掛けており、昨晩の記憶は限られたもののみで残っていないと言う」
「リシェルの残っていた記憶から、オルセンは午前3時の段階では生きており、その姿が確かに視界に映っている事を確認したが、リシェルはその後またすぐに意識を失った」
「部屋に残っていた魔痕は3種類。『打撃を与える魔法』、『鍵を閉める魔法』、『衣服を溶かす魔法』。『鍵を閉める魔法』においては宿側が事前に時限的に発動する仕掛けを施したもので毎夜23時に発動するように決められていた」
「この魔法の存在とリシェルの証言、部屋に存在する嫌がらせを受けた人の通る隙間のない2つの窓によって、部屋は密室となりリシェルを除いてオルセンを殺す事は出来ないと予想できた」
「また、『衣服を溶かす魔法』は世間的には使われないものであり、使用場所、状況は限定的となる。それらの理由から、リシェルの逆上、反撃という動機が確立され、否定が難しい状態になっている」
「至って隙間がない。密室と唯一の被疑者の関係性」
ヴァンダインの説明によって、改めてその場にいる全員が空気を一つ吸い、飲み込む。
「ヴァンダイン、否定出来るのか?」
「今から説明する。仮説だが、これほどまでに強固に堅められた状況に一筋でも揺らぐ道が出来れば、自ずから別の犯人の足取りが見えるだろう」
ヴァンダインは息を吐く。
「魔法の限界は言葉に言い表せないところがある。名称は簡単に改訂される。日常に反映されたり、逆に日常的に極めて使われないものであれば、その効果と名称の齟齬は更に大きくなる事が少なくない。例えば『回復する魔法』というものがある。キアン知っているね?」
「はい、日常的に使いますね。料理をしている時に跳ねた油跡を回復させたり、擦り傷を直したり、役に立つ魔法です」
「そう。『回復する魔法』はそのような状況で軽度の外傷を直す事が出来る魔法だ。ただしかし、その魔法では出来ない事がある。例えば、長い期間かけて作られた体に残る跡、重症、それとウイルス性、微生物性の病気などはそれの範疇ではない」
「けれど、どうだろう。これは悪い状態から、元の状態へ戻ると言う『回復』の言葉とは意味がズレる所にあると私は思う。回復が出来ない状態がある時点でそれは『回復する魔法』を正しく表現出来てはいない」
「そして、それは今回の事件でも深く関係している」
皆々が、更にヴァンダインの言葉に耳を傾ける。
「魔痕に残された『衣服を溶かす魔法』。その限界は決して衣服に限定されてはいなかった。その言葉の差異がこの事件を解き明かす鍵になる」