衣服を溶かす魔法13
…
「『衣服を溶かす魔法』。……だ、だから何だと言うのだ。別に習得が難しい魔法という訳でも無い、ただ印象のあまりよくない魔法だというだけだ」
キアンの目に市警の動揺は大きく映り込む。ままならない呼吸に、異常に発汗する肌の揺らめき。ヴァンダインの横顔を見る、変わらない冷徹な顔つきが市警を観察する。
「習得は難しく無いらしいが、発見されたのも近年であまり汎用性は無い。実用年数も短く、知らない情報の方が多い。その命名も誰がつけたのやら」
「珍しい魔法だから何だと言うのだ。俺が犯人だとでも言おうってのか?」
ヴァンダインはまた彼を見る。市警はその視線を一度目よりも極度の怯えを持って認識していた。革靴がまた地面を擦る。
「いやいや、君が私やマルコに早期の撤退を促して、隠そうとしている事実。それはこの件の犯人では無いのだろう?」
「…………!」
「私は魔痕が見える。1日前くらいまでのものならば、かなりはっきりとそれを捉える事が出来る。君の体にも残っているのが見える。一つ、それと二つ」
「『衣服を溶かす魔法』ともう一つが、君の手に残っているそれだ」
ヴァンダインは市警の指を指す。キアンはその指差しに視線を誘導される。けれど彼には魔痕が見える事はない。
「君の手に残る魔痕。その指輪の場所。『傷跡を消す魔法』だね」
「……黙れ。それ以上、言葉を発するんじゃない!」
行き交う人々の視線がその声に引き寄せられる。考えなく発された怒声に市警は焦る。辺りを左右に見渡し、今の自分がどう見られるかを再認する。
ヴァンダインから乾いた笑い声が出る。
「何がおかしい。何が分かる。ただ、魔痕が見えるくらいのことで」
「君がどう受け取るか分からないが、この場所では君だって言いたい事も言えないだろう。少し、場所を変えないか?」
「……お前はどこまで分かっているのだ。その様なことまで、魔痕から分かっていると言うのか?」
キアンはその市警の目を見る。弱っていき、芯が抜けていく。しばらく黙り込み、ヴァンダインの姿を一瞥し、身体を硬直させた後、一気に脱力する。
「キアン、少しここで待っていてくれ。大人の話がある。追加で何か注文していたら良い。すぐに戻る」
胸がざわめく。相変わらず嫌いな苦味が口腔内を占める感覚がする。けれど、キアンは何も答えず、ヴァンダインはその姿を見てから、市警と共に人混みに消える。