衣服を溶かす魔法11
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昼下がりの熱気、潮騒の音。
キアンを連れ立ってヴァンダインは運河から外れた海鮮料理屋に入る。店員に告げる事は無く、自由に席に座っていくスタイルの店で、そのテラス席を確保する。
店の入口には『アズラルト』と読める真鍮の看板が吊るされている。潮風に晒され、曲線の文字は緑青と赤錆に縁取られていた。
4人がけの円形テーブル。ヴァンダインが先にその椅子の一つに座り、キアンがその横に座る。過去、この様な場合にキアンが先に席を選んだ際、ヴァンダインが彼の正面に座った為に、キアンはその様に後に座る席を決める様になった。
開け放たれた店の鎧戸から店員が顔を出して、注文を呼びかける。簡単な海鮮料理をヴァンダインは注文し、キアンはそれと同じものを復唱する。
「テラス席を選ぶとは珍しいですね、ヴァンダインさん」
「……そうだろうか。まぁ、そうか」
「そうですよ。何か理由があるんですか?」
「あぁ、テラス席だと辺りを見渡しやすいだろう。ほら」
キアンはその言葉を聞いて、辺りをぐるっと見渡す。店は宿がある運河を路地に一つ入ったところにある、路地といえども、人の往来は十分に多い。
中でも、観光客が多く見られる事もあって、外行き用の彩度の高い衣服が多いのが色鮮やかなパレットを思わせる。
確かに綺麗な町だ。ヴァンダインさんが態々、人目がつく様なテラス席のある店を選択して、更にテラス席に座るというのは理解不能とは言い難い。もう一度、景色を見渡し、その美しさを自然と目に溶け込ませる。
「僕は聞きました。殺されたオルセンはこの町の美しさを担保にして、港の発展計画を紹介しました。彼が席巻する前の時の権力者達に」
「らしいな。私もその話は被疑者の女性も言っていた。もちろん、ここまでの美しい事実を見ながらその話を聞いた訳では無かった。故にオルセンの伝説に尾鰭をつけた逸話を想像したのだが」
街を彩る人と壁は、キアンとヴァンダインの様な一見して面白味のない、落ち着いた色をさえ彩りに加えてくれる様な寛容ささえ持ちうる。
「資産家と芸術家。その2面をオルセンは持っていたと、町の人々は述べていました。そして、そこに彼が抱いていた先鋭的なロマンティックが燃え移る様に住民達は持っていました」
「なるほど」
「けれども、そう語るのは50年以上前になるオルセンの六区復興の日々を身をもって知っている人々に限られます。若年層や観光客の人々はオルセンの存在を知っていても、芸術家の面は知らず、それは資産家として雑誌に掲載された足りない一面の彼であったのだろうと推理します」
「この六区は一枚岩では無い様です。後進の次々に生まれくる荒波の町に、古い始まりの波形を教える事は易くはないと思いました」




