衣服を溶かす魔法10
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部屋を後にする。宿から外に出ると、角度を大きくした陽の光が容赦なくヴァンダインに向かう。マルコと共に玄関先までで止まる。
照る日差しに手を持っていき、目を守る。「もう昼か」と小さく呟く。
「マルコ、お前が彼女を疑わない点は、彼女自身が自分の証言によって犯人になっているからだな。室内は23時には密室となる。それ以降、部屋にいたのはリシェルとオルセンのみ。そして、生きたオルセンの姿をリシェルは見ている、それも3時に」
「そういう事だ。彼女の応対の冷静さもさることながら、肌ではっきり感じるほどの犯人像とのズレもある。魔法で人の体をボロボロに出来る性格には感じなかった」
「殺人よりも、自然に自身の貞操を案じていた事も思考に値する。もしあれが嘘だというのなら、とんだ食わせものだ」
「加えて、僕はこの事件には計画性を感じたね。犯人は残されていた魔痕にさえも気を遣って、捜査の筋道を敢えて残している。リシェルを誘拐して、オルセン共々、この宿に運び入れるだけの人員もいたはずだ」
ヴァンダインは無言になる。与えられた情報から事件の全貌の大きさをあらためて考え直す。そこから、自分が解くべき事項を選び直す。
「僕はオルセンの周囲にいた人間関係に関して洗い出してみるよ。加えて、彼らが使用できる魔法も確認して回る」
マルコはそういうと宿の方へ踵を返す。
「あぁ、そうだ。この区は食料品の輸入品目も七区に比べて多いから、あそこでは食べられないものも沢山食べられる。キアンと一緒に珍しい料理でも食べてきたら良い。どこでも味は保証する」マルコはそれだけ言い終えると、ヴァンダインに手を振って宿のなかに入って行った。
宿場町という事もあって、辺りには多くの飲食店も並んでいる。今朝方殺人が発見された宿の通りだという事は多くの人間は知らない様で、賑やかな人集りが鮮やかな港を更に彩る。
宿の前を渡る運河。そこにかかる橋から景色を見渡す。その景色の中に見覚えのある小さな形が見える。ある小さな形は、人の視線もある中で事もなげに大きく手を振っている。他でも無いヴァンダインに向けて。
ヴァンダインはが左右を見やる。見てから、一つため息をついて、右手をだるんと上げる。
走ってくるキアンを高欄に肘を置いて見つめる。海から入り込んでいる運河は汽水域特有の匂いがする。水面の金波に視線を奪われたり、キアンに動いたり、固定できない意識がさまざまに飛び交う。
「お疲れさまです!ヴァンダインさん」
相変わらずのはじける様な笑顔がキアンの顔にはありありと満たされている。キアンは小さな頭にピタッとハマったハンチング帽を被っている。
ヴァンダインは一度目を合わせるとすぐさまに逸らして、彼の頭に大きな手を置くと、ハンチング帽を顔が隠れる様に下ろした。
「ちょっと、ヴァンダインさん」
「昼にしようか。話を聞かせてもらいつつな」




