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水の音

作者: 鬼束ハク

今日も朝から暑く、日差しが目に見えるようだった。

 梅雨明け宣言が昨日出て、まだ8時だというのに本当に暑い。風も昨日まで日傘が飛ばされる勢いで吹いてたのに、今日は駅に降り立った時、全く風を感じられなかった。職場へと歩いている最中、陽炎が見えた。

 やっとのことで職場につく。ウィーンと無機質な音が事務所に響いていた。

 すぐに音の出どころであるサーキュレーターへと向かう。今年の夏は7月前からエアコンとサーキュレーターのダブル稼働であった。通勤の道の暑さに手持ちの扇風機だけでは全く歯が立たなかったのだ。

 全身に風を当てること10分、ある程度汗が引いたがまだ下半身に暑さと疲労感が残っていた。

 制服兼通勤着である黒いチノパンは夏との相性は最悪だった。こういう時には物理的に体温を下げるに限る。つまりはトイレで排泄してくるべきなのだ。

 この時間はほとんど他の職員はいない。いても自分を入れて数人だろう。出勤パネルを見たら清掃員の梶原さんくらいだった。エアコンとサーキュレーターもついていたから既にどこかで掃除を始めているのかもしれない。だが、通路は無音で、まるで自分ひとりだけしかいないようだった。まだ頭の中にウィーンという音が響いているような感覚がある。

 そんなことを考えているとトイレに着いた。トイレは職場の入口付近に固まっていた。今は男子トイレが故障していて、多目的トイレしか使えない。不便なので早く直してほしい。ケチな課長のことだ、修理を後回しにしてるのだろう。

 そう不満を思いつつ、多目的トイレのドアに手をかけると

ーーバシャバシャバシャ。

 音の方に目をやると清掃室から水が跳ねるような音がする。そこは多目的トイレの隣にあり、掃除用具入れ、備品の倉庫と水道を兼ねていた。

 中でモップでも洗っているのか、バシャバシャとそこそこ大きな水の音が聞こえてきた。磨りガラス越しに茶色いものユラユラと揺れているのが見えている。

 梶原さんだろうな。皆が来る前に掃除の準備をしているのだろう。朝から大変だなと思いながら改めてトイレに入ろうとする。

 が、よく聞くと、水の音に混ざって何やら聞こえてきた。

……さねば……ねば。あー、ち…な…ねば。ちを…。

 嗄れた女の声だ。どう聞いても梶原さんとは違う声だ。その声が途切れ途切れにドアの向こうから聞こえてくるのだった。

 不審者がいるかもしれない。おばけの類かもしれない。誰かが仕掛けた悪戯かもしれない。いろんな考えが頭を巡る。

「おはようございます」

 後ろから声をかけられる。振り返るとそこには笑顔の梶原さんが立っていた。

 うわっ。と声が出そうになりながら、それを飲み込んで会釈をする。

「今日に限って朝から茶色いアイツが女子更衣室に出まして、掃除始めるの遅くなりました。今から急いで始めますね!」

 ガラガラと清掃室の引き戸を開け、電気をつける。梶原さん越しに部屋の中が見えるが誰もいなかった。あの嗄れた声も、バシャバシャという音も消え、それどころか水も出ていないし、モップも端の方に立てかけられていた。

 あの声は、水音は、磨りガラス越しに動いていたものはいったいなんだったんだろう。トイレに行く前に一気に体が冷えてしまった。

 少しした後、改めて中を見てみたが、結局アレが何だったのかは分からず仕舞いだった。


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